人間としておのれの半神と重なる

 

■2012年を超えてすでに4年。1つの里程標とした2020年まであと4年。現今の日本人の平均寿命は84年になった。日本の神道の前にあった各地の神霊ミシャグジの安直な概念把握も超えて、外界や過去の歴史の中にではなく、私たち人間の存在形態そのものの中に「神」的なものを見出していかねばなるまい。

 

■胎盤は受精卵が着床した妊娠3週くらいからでき始め、完成するのは15週頃だ。この形成時間は(15−3=)12週で、日にちに換算すると84日である。杉山開知氏は受胎から出産までの妊娠の全期間を42週=294日と捉えた。294日は7056時間。7056は84の2乗。つまりこの期間は84時間×84周期でもあるのだ。

 

■胎盤と胎児は同じ受精卵から発生した一卵性双胎である。だが胎盤の生活はひたすら兄弟である胎児を育てることに費やされる。胎児が出生すると子宮外へ排出されて生命を閉じる。胎盤に守られ続けた胎児は、そこから地上生活者としての人生が始まる。胎盤は意識も感謝もされずただ消滅しただけなのか。

 

■現今の日本人の平均寿命はつい最近とうとう84年を超えた。地球から見た天体の水星・金星・火星・木星・土星・月・太陽から7曜日を作ったシュメール・バビロニア。2012年をとうに超えて、私たちはすでにその轍の外にはみ出している。天王星の公転周期はほぼぴったり84年(=12×7=14×6)である。

 

■単なる数合わせで強引に意味づけようとするのは、私の最も忌むやり方である。しかし水生生物だった胎児と、出産後反転して大気中で生きる人間との全体を、12週=84日、84/2週=84×84時間、84年という、ホロニックな構造として見て取ることはできよう。胎盤はただ消滅したのか、神霊になったのか。

 

■今想起して、絶対に裏切らず最後まで自分を守り育み外界へ送り出してくれた、自らの半身でもある胎盤への感謝は充分なのだろうか。もし可能ならば、次元を超えて今でも自分を守り育んでくれている半神として捉え、残る半神でもある一個の人間として、残る半神と重なって全神全霊で生きれはすまいか。

 

■半神の残る半神としての自分への慈愛をイメージできるのであれば、それに対する敬愛もまた自然に心に湧出して止まないだろう。そしてそれは単なる個人的妄想を超えて、人間という同じカタチの様々な他者の半神+半神に対しても、敵対や優劣をそこに見ることなく1つの世界観として共有できるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


イレギュラーな雑感たち

 

■もうすぐIS創始者のヒラリー・クリントンは逮捕されるか、それ以前に永き脳の持病の果てに倒れて入院するのだろう。トランプは日米のマスコミがこぞって必死にネガティブに表現しているけれど、現今まで世界を好きなように操作・搾取している者たちが驚愕するほど頭が良いし実力もあるのだろうな。

 

■11/8の米国大統領選までに、米国が大きく変わる可能性が大きいけれど、沖縄や各地で悪逆の限りを尽くしつつ安穏としている現今の日本の政治経済の老害軍団は揃って討ち死にする日が来るに違いない。各自その時とその後のため、同じ老害枕に頭を並べぬよう今から自分の智慧と健康を磨き上げたい。

 

■グルジェフの『ベルゼバブの孫への話』を読んでいて湧いて来るのは、内容は結構どうでもよくて、本当にベルゼバブの孫は地球と人間がすきなんだなあという感慨だ。人間に関する説明や有象無象の知識なぞはどうでもいいから、この孫のように、人間の外から人間をお気に入りとして眺める視座があれば。

 

■グルジェフが「月は人間のネガティブな感情を食べる」とか「眠りこけている」という類の表現をしたのは既に1世紀も前の話。今では月は地球の胎盤であり、見えない臍の緒を介して人間たちのネガティブな感情を静脈血のように吸い上げ、新たなる生命の息吹を動脈血のようにもたらしているともいえる。

 

■ベルゼバブの孫とは解釈万華鏡の中の1つとしては、各自の「もう1人の自分」とも表現できる。もう1人の未だ未自分のままのそれ。何事ももう1人の自分のために、もう1人の自分と共に。究極の自己他者問題は世界の果てではなく自らの中心のその奥との繋がりでもある。「神を求めよ、神を生きよ。」

 

■「もう1人の自分」と、もう1人の自分から見たもう1人の自分であるところの、自覚意識のある「私」とが、いかに重なりかみあって生きることができるかが、現今の世界の中の新しい(そしてとてもとても古い)課題として浮上してきている。その中に自分にとっての全ての他者や世界がみな入っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


暦の上に数を考える



■私は「数オタク」とか茶化して自称しているけれど、本当に初歩的な足し算や掛け算をしているだけで幸せになれる。私たちの多くが数学が苦手になる前に抱いていた、もしくは数学の枠の中に閉じ込められて忘れてしまった、数の不思議さや美しさとその未知を自分で解明していく楽しさというものがある。

■人間社会の中にいる私たちは、誰でも普通に数を数えられたり、足し算や引き算ができる。取りあえずそれだけで十分なのだ。いつでもできるのに、ただやっていなかっただけの簡単な操作で、電卓一つあれば、数の根本的な美しさや面白さを解明していけるのだ。未知へのドキドキ感を他者と共有も可能だ。

 



■大人なら誰でも自分でも楽しみながら、子供とのコミュニケーションとして、また情操教育の一部として一緒の時間を対等に過ごせるはずだ。私たちは3次元で空間認識をしている。9×9×9=729と10×10×10=1000の差は271だが、729から1000へ1だけ動かすと、この728と10001の比は8:11になった。

 



■また9×9×9=729に1を足すと730となり、1年365日の2倍になった。10の立方数1000と、地球の1年365日の和は1365だが、上に見た比と合わせると、728:10001:1365=8:11:15と実にすっきりしている。共通の約数は91だ。91×4=364だから、91日は地球における四季の1つだ。91×4+1=365。

(a)1×1×1=1
(b)9×9×9=729
(c)10×10×10=1000

 

■(a)+(b)を2で割って(c)と足したものが1365で、91×15だから、3年と3つの季節ということになる。1年を364+1として見たいならば、(b)−(a)を2で割れば364になる。(a)と(c)を足した1001と足しても1365になる。ちなみに1001は91×11だから、2年と3つの季節である。実にうまくできている。
 


■太陽系内惑星の公転周期を足してみよう。水星が88日、金星が225日、地球が365日、火星が687日。合計すると1365日である。ということは、水星・金星・火星の公転周期の和はぴったり1000日だということだ。1365日に地球の52週もしくは13の月の暦の28×13でもある364日を足すと1729日となるのである。

■何度も繰り返すが、世界がこのように精妙至極にできているのは、神が人間その他のために創造したのではなく、神の世界観も否定せず入る余地も含めつつ、私たちが人間の10進法や空間の3次元認識などの「人間型ゲシュタルト」で観察すること「即」そのように世界が在るということだ。神は私達なのだ。

 

 

■インドの天才数学者ラマヌジャンとG.H.ハーディの有名なエピソードがある。G.H.ハーディが入院中のラマヌジャンを見舞意に行った時乗ったタクシーのナンバーが1729だった。それを告げるとラマヌジャンは「それは実に興味深い数字で、それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」と言った。

(a)1×1×1=1...
(b)9×9×9=729
(c)10×10×10=1000
(d)12×12×12=1728


■つまりこういうこと。私たちは既に数を3次元の立方体にして見ることを知っている。1,9,10の3乗が1,729,1000であることはすでに見た。もう1つ新たに12の3乗が1728であることを入れて考えよう。(a)と(d)の和は1729になる。また(b)と(c)の和も1729になる。つまりシンプルにそういうことだ。

■ラマヌジャンはこのことをずっと考えたことがあるから、すぐに口に出たのだろう。私たちはラマヌジャンの事を知らなくても暦を考える上で、10進法と数の3次元的在りよう、つまり立方数として視覚的に捉えることもでできる。10進法と12進法、そして1桁最小の数1と最大の数9というラインナップだ。

■4+1=5→新たなる1というペンターブシステム。タクシーのナンバーや電話番号など4桁の数字は、時に心霊からのメッセージか?と思わせるような共時性を持って私たちの目の前に出現する。その数は決してゾロ目とか左右対称とか連続する数などとは限らないが、その時に見た人に衝撃と力を与える。

■シンクロニシティはその人が興味や関心を持つものに対して眼前に顕現する。普段からそれらはそこにあるのだけれど、興味がないから目に留まらないだけだと表現するけれど、本当にそこにないとも言うことも充分に有りうる。何度でも何度でも繰り返すが、私たちがそれを見る時、それはそこに在るのだ。

■ああそれから書き忘れていたけれど、地球の1年364+1日の、一つの季節でもある91日(=13×7)とその反転数19の関係もここに含まれている。つまり91×19=1729ということだ。19はそれ自身の2乗で361となり、2の2乗とのをで365となる。1と9はもちろん10進法の1桁の最大数と最小数である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


まんが『BLEACH』完結

 

■15年間少年ジャンプで連載していた久保帯人氏の『BLEACH』が、今週の38号で第686回を持って無事終了してしまった。この人の絵はとても美味いだけでなくハイセンスで、書き文字の1つ1つにもいつも心躍らされつつ愛読していた。2001年連載開始か。今よりみんな15歳わかかったんだよな。
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■1968年7月11日発売の『少年ジャンプ』創刊号からずっと現在まで読み続けているんだよね、私。でも買ったものを保存しておくスペースはないし邪魔だから、全読みの証拠はない。調べたら少年ジャンプの読者層って、10〜15歳が63.0%、16歳以上が31.9%。このままだと死ぬまで読み続けるというわけだ。
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■今のところジャンプで楽しみにしているのは、『ワールドトリガー』『鬼滅の刃』『ブラッククローバー』『ハイキュー』『ONE PIECE』『火の丸相撲』…かなー。『こち亀』は作者も編集部も記録を伸ばすために続けているし、こちらも惰性で読んでいる。最初と途中のカラー30ページ程はいつもスルー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3大台風怪獣大決戦?

 

■台風9号、10号、11号の相互干渉と独自の動きを見ていると、「3大怪獣大決戦かいっ?」とツッコミを入れたくなる。北海道に上陸した11号、千葉に上陸した9号、そして東から西に逆行しつつ停滞する10号。相互影響しているから、各自バラでローカルな被害や予報や解説したりしていては追いつかない。

 

■台風9号の進路を解説する時、どこのニュース局も上陸した後関東から仙台方面に向かうというルートを説明するけれど、普通に考えれば茨城から福島に入り、フクイチを直撃する形で進行中だとわかるのに、一切コメントはない。津波や地震だけでなく、大型台風の大雨や防風も想定外では済まされぬのだ。

 

■様々に解読できる傑作映画『シン・ゴジラ』公開の年に、映画の内容にタメを張るが如き「台風一家」の独自かつ連動した動き。10号に至っては今後の予測が建てられないまま、ほぼ南海に漂うように停滞している。台風が立ちどまるのは反則だろう。南西諸島は予測不能の怪獣の動きから目が離せまい。

 

■天気予報図や台風情報は、見えないものを見えるようにしたものの1つだ。低気圧や高気圧やジェット気流や海上の波浪状態は、素人にはほとんど何も見えないままだ。台風に限らず、大自然の様々な在りように対しては、敵対するのではなく、敬愛しつつその懐で共に生きるために様々に英知を働かせねば。

 

■ちょうど今日は10進法のディープなところから、暦の364と365と366の関係、それから360±5で月の13次転・公転周期の355日と地球の1年の365日、さらに360±6で月の12朔望周期の354日と地球の1年の自転数の366回について、9と10と11の関連性を絞り出していたとこでの台風9号、10号、11号かい。

 

■台風の名前はアジア名は全部で140個あり、最後まで行くと最初に戻るループ方式。名称の順番は2012年台風第10号より現在は3周目に入っている。台風9号は101「ミンドゥル」、10号は102「ライオンロック」、11号は103「コンパス」で、それぞれ北朝鮮、香港、日本が命名した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


人間社会は自然からの引きこもり

 

■日本人は長きに渡る縄文時代を通じて、自然を敬愛しながら一体になって生きてきた。しかし農業や畜産を通じて富の蓄積と権力を争うようになってから、その多くが大自然の中から人間社会に引きこもってしまった。自然と共に生きているつもりの農業従事者の多くも、その例に漏れないと強く言いたい。

■農業や畜産に従事していると、心は確かに自然に触れる。しかし自然に対して効率や利便性や商品化が心の少なからずを占めて、自然を利用して自分たちの食べるもの以上の多くを生産して富を蓄えて楽をしたいと考えがちな者もいる。農業や商業を否定することなく、もう一度自然と共存を考えたいものだ。

■人間社会を否定せず、自然の中でその分を弁えて、より自然と調和しゆく未来を視野に入れるべく、大自然に対する人間社会への引きこもりを緩めて、自らもほかならぬ自然そのものであると自覚しなおして、自然を改造したり敵対せず、時と場所の示すままに喜びに満ちて生きていける未来を模索したい。

■自然からの引きこもりである今の人間社会を、そもそも人間も自然の一部として生活していた過去にただ回帰するのではなく、これだけのテクノロジーと情報の良質な部分をいかに未来に繋ぐかを考え尽して行きたい。軽佻浮薄なテクノロジーのゲームの中にさらに引きこもらせるベクトルは邪悪さを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


粒食系人間と粉食系人間と

 

■1■味覚人飛行物体ともあだ名される食の冒険家、小泉武夫氏の表現に「粒食」と「粉食」と言う表現がある。粒食とは穀類をそのまま煮炊きして食べることであり、粉食とは穀類を粉にしてから調理して食べることを言う。グローバルな表現では「日本人は粒食で欧州人は粉食」という括りになるのだろう。

 

■2■概して言えばお米をそのまま炊いて食べるのが粒食、小麦を粉にしてからパンにして焼いて食べるのが粉食というわけだ。粉食は小麦に限らない。練って伸ばして麺にするのも、伸ばしてかまどに張り付けて焼くナンも、また米を粉にしてからのビーフンやフォー等も、イタリアのパスタもみんな粉食だ。

 

■3■もちろんこれは二元論的対立ではなく、どちらも取るけれどその基本的嗜好や食仕方の比律に個体差や地域差があるということになる。先日関西人の友人に「私はお米は食べなくてずーっと粉物ばかりで大丈夫」と言われて、自分の中の「日本人は海外に行くと米が食いたくなる」という常識は破綻した。

 

■4■私は毎食ご飯でも問題ない「粒食」派なのだが、それでも普通に蕎麦もうどんもパスタも食べる。家系や地域差や食文化のせいかと考えたが、実の弟が粉食大好き人間だから、嗜好に個体差があるのだろう。それにしても関西の焼きそばおかずにご飯的な炭水化物・炭水化物はさすがに私には無理っぽい。

 

■5■もちろんこれらは人間が自然の一部を人工操作する農業を始めた後の話だが、基本的にお米は暑いところ、小麦は寒いところというイメージがある。しかし日本においてはそれが反転していて、ざっくり東は粒食で西は粉食と見て取れる。例外が多いけれど、味付けの濃い薄いも一応対応しているかと。

 

■6■世界的には粉食系は肉を食べる文化が自然に付随していようかと。日本の粒食系は基本的に肉は食べなくからだ。そして動物の肉の代わりに魚が食べられていた。病気や体質のせいで強制的に変更させられたりしなければ、粒食と粉食の嗜好分布は、個人の一生の中で変化はするのだろうか。不変なのか。

 

■7■あれこれ書いているけれど、これも所詮は粒食系の人間の書く文章だ。粉食系の人の感覚や世界観はまた全然異なっている可能性がある。人間は好きなものを食べる自由がある。しかしその個人の好きなものの傾向自体を自分で自覚して他者との違いを確認しあうのは、案外重要な事なのかも知しれない。

 

■8■粒食と粉食は二元論的ではなく、2者間のスペクトルのどこかに個々人の嗜好の立ち位置があるわけだが、敢えて二元的に捉えて4値に展開してみよう。すると現状の「粒食と粉食どちらもあり」が出て来るけれど、もう1つ「粒食と粉食どちらもなし」という選択しもあることになる。不食…未来的か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


シン・ゴジラは怪獣でなく巨大不明生物

 

 

■1■超オタク、引きこもり、アスペルガー、自閉症、サバンなども含めて、人並み外れた才能や着想はあるが、世間に正当に評価されていな人たちは少なくない。しかしそれでも自分が本当にやりたいことを真剣にやっている人たちがこれからは絶対に重要になってくるし、それが進化の1つのキーでもある。

 

■2■現在の文明社会の在り方やそれを支える様々なシステムが行き詰まってしまうような、地球レベルの生物学的環境の激変は必ずやってくる。社会や環境に適応して生きている現今の政治家や教育者たちの発想や才覚では、想定外の事件事象に対応できず、種の全体的な絶滅の危機に瀕してしまうだろう。

 

■3■それまで負け組として日陰で冷や飯を食いつつかろうじて生きていた、弱者、非適応者、貧者、奇矯者、歌舞伎者、規格外者の持つ想定外の着想や才能の存在が、それまでにない新しい発想や能力を携えて活路を見出し、人間も含めた様々な生物の波頭をさらに先に進めていく役割を担っていくだろう。

 

■4■様々な観方ができる映画『シン・ゴジラ』を、そういう発想を持って見ると、優秀なハグレモノたちが集まった「巨大不明生物特設災害対策本部」のメンバーの活躍は必然的であるとも言えまいか。彼らなくしてこの映画の後半部分の展開は成り立たなかった。現実はもっと斬新な者達が出現するだろう。

 

■5■『シン・ゴジラ』はそれまでの全ての「怪獣ゴジラ」を全てなかったことにしての設定だが、見る時はどうしても「怪獣ゴジラ」を意識してしまうという不満を私は別所で書いたが、この映画のシン・ゴジラは「怪獣」ではなく「巨大不明生物」だった。こだわるな私。ゴジラであってゴジラでないのだ。

 

■6■『シン・ゴジラ』公開初日の7.29だけれど、729は9×9×9であり、27×27でもある。もちろん27は3×3×3のルービックキューブのピースの数でもある。729はこの27ピースのルービックキューブが1つのピースの大きなルービックキューブの全ピース分でもある。+1すると730で365×2である。

 

■7■色々な人が様々な批評や感想を発信しているので、私は多くは語らないけれど、オタク的見地から見ればシン・ゴジラの色合いも今年のBABYMETALの衣装のように、黒系を基調に赤が入っているのが興味深い。それとエヴァンゲリオン好きは、タイトル中に「シンジ」の名が入っているのに気づくのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ピカゴーの真っ只中と背後にあるもの

         (※)画像は「ねとらぼ」より借用。

 

当家はライオンズマンションなんだけれど、知らぬ間にポケストップになっとった。多分玄関のライオン像なんだろうけれど、バーチャルを普通の生活空間にまで勝手に重ねる感性が分からない。やらなければ関係ないと思っていたが、嫌でも土足で踏み込んでくる。ピカゴー遊人には喜悦でも、私には超不快。

 

昭和区にあるでっかい鶴舞公園が、ポケゴーの聖地と言われるほど何かいろいろあるらしく、夜中でも子供や女の子までが沢山俳諧してて、ごみや騒音や、違法駐車でトンデモないことになっている。警察や公園管理関係、付近の病院や大学や一般住宅の人達は、一方的に仕事や負担を増やされる理不尽な狼藉。

 

ゲームをするなとは言わない。何がその人の救いや慰めや希望や開眼のチャンスになるか分からないし。一方的に仕掛けを作った上で、後は個人の倫理に任せると言うやり方で、人間として現実に他者に極力迷惑を掛まいと言う心遣いすらもなくさせて倫理を貶める、より周到で根本的な邪悪さを糾弾したい。

 

社会的問題になる前に、なぜ社会的問題になりかねないという討論がオープンにならなかったのかを考えると、やはり社会的問題にしてみてどれだけまともなリアクションがあるかの実験も試みているようにも思える。キモは経済をはみ出して、人間のもっと深いところの堕落を狙っているような根本的問題だ。

 

一部の者が利益を得るために、他の者たちに実害があってもかまわないという発想は、おそらく相当大きなところがそれをうまいこと社会的問題になる前に稼働できるように操作したのでしょう。もう遅すぎる点が多々あります。もう通常の世界認識ができなくなる人達が続出してしまっているということだな。

 

人類の進化方向と外れた袋小路の道筋も、私たちの現今に大きく開けてしまったということです。私が進化のキーを持つと大きく期待しているそのなかにっている超オタクや異常社会への引きこもりやアスペのラッテルを張られた子供達もごっそりやられちゃっている。より頑迷なオタクの踏ん張りを期待する。

 

半年後、1年後、数年後にどちらの方向に振り切れているのか、見続けていく必要はある。引きこもりの子たちを部屋から外に出したりとか、全てが悪いことだけではないのですが、それに便上して他人の迷惑を横目で見つつ荒稼ぎするような輩は、もうすでに目先の未来以遠がかなり制限されてしまっている。

 

現実と見ている世界を反転して先に進むべき時に、現実を見ずにバーチャルに落ち込むと、もう交差できなくなる。どんな逆境でもそこを切り抜けて進む者はいる。今ハマっている人達も、全からく真逆の反転に落ち込む前に、踏ん張って戻ってくる者も少なからずいるはず。それを信じてその先を構築しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


BABYMETAL断想(2)

 

■1■縄文1万7千年、さらにその前の旧石器時代や、アフリカ大陸を出て世界中に広がったと科学的に見られている現人類(私は別に信じてはいないけれど)以前からこの列島に存在した者達(猿人・旧人からカタカムナ人等まで想定の幅は広い)からの不断の流れの最先端にBABYMETALがいると捉えている。

 

■2■しかしそれだけでは個人的な音楽趣向にからめた単なる妄想とも捉えられるので、最先端である現代の今この時点でのBABYMETALについても語らねばなるまい。現代の日本のTVやマスコミは根元から腐ってしまっていることは周知の事実だ。それを未確認な者や、否定する者からは私もまた叩かれよう。

 

■3■日本の様々な旧体制がいまだに人知れず仕切っている領域はまだたくさんある。中でも影響力が高いのは電通、そしてスケールは小さいが博報堂。日本のマスコミは電通が押さえ込んでいるが、音楽業界も例に漏れない。接触商法と水増し商法やら、およそ音楽とは無縁なもので荒稼ぎしてる連中がいる。

 

接触商法…握手会・チェキ会などで中には抱っこ会など不穏なものもある。
水増し商法…熱心なファンが複数購入するのを前提に、同じCDに異なる特典を付けた複数のCDを発売し、全てを売上枚数としてカウントするなど、あの手この手で売上枚数と金額を増やす悪徳手法。

 

■4■しかしBABYMETALの場合は、先ずネットで世界的に知られ、レディー・ガガの前座に抜擢されたりして、国内メディアのほとんどが気づかないか理解できないうちに、ただの色物だと思っていたBABYMETALがメタルの聖地イギリスのメディアが絶賛。電通が手を出す前に海外で本当にブームになっていた。

 

 

■5■最初からずっとイベントの際に電通と博報堂の2社から花束が届かない「唯一のメジャーアイドル」とも言われているが、今の『メタルレジスタンス』に限らず、最初からBABYMETALとアミューズは日本あらゆるところに巣くっている悪しき因習に対しても、王道である音楽で戦いを挑んでいるのだ。

 

■6■日本のメディアが色物気味に扱って殆ど取り上げないうちにBABYMETALは日々進化し、その過程で本当に日本古来の神々と重畳する構造ができたとすら考えられもする。稀なる才能と弛まぬ努力で、舞台では妥協を許さずに常に完全燃焼する。日本古来よりの芸能表現の最新形態を体現し続けているのだ。

 

■7■電通を頂点にした国内メディア、政治家や官僚、様々な既得権益構造に対して、邪悪なあの手この手ではなく、実力で勝ち上がってるというのが現状であろう。肯定性に満ちた彼女らのパフォーマンスは見て私たちは幸せになれる一方、詐欺的な人気操作その他既存のビジネスモデルが崩壊しかけている。

 

■8■BABYMETALの音楽性やスタイルに対する好き嫌いや無関心もあるだろう。人は千差万別であり、1つのものに万民が肯首するのはまた異常である。しかしその奇跡的な在りように触れる度に、在るがままを肯定し、元気づけ、新しい領域を切り開いていこうとする力と方向性に、私はいつも心動かされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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