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  • 2019.08.22 Thursday
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地球暦を直交させる

 

■1■親鸞や兼好法師や西洋の合理主義者達が言う、1日1日に吉凶・優劣を定めるのは間違いだという考え方がある。1日1日に科学的ではない吉凶の占い的な意味付けがなされており、それを盲信して本質がおろそかになればかえって悪い結果になるとして、仏教では否定している。1日1日は均等とする。

 

■2■その1方では、1日1日が異なるエネルギーを持ち、その構造全体が循環するという時間の捉え方もある。様々な数理体系と暦や周期との関係に一定のエネルギーや構造があり、それと人間の意識や身体が影響を受けるという類の世界観だ。1日1日は不均等で、全体の吉凶や個々の和不和があるとする。

 

■3■どちらかではなくどちらもがより正解に近いであろうし、それらの兼ね合い具合が重要なのではないか。マヤでは1日と1人を同じキンという言葉で表す。人間1人1人は当然平等なのだが、それでも個々人の特性には様々な差異が豊饒性としてあるように、両方の視座があってこそ上手く転がせるのだ。

 

 

■4■1年の元旦から大晦日までを通年日として、1から365 までの通し番号を振ってみよう。365日は奇数なので183を中心数と想定できる。それを中心に1日〜182日と184日〜365日を交差対として、リバース同士を足すと、和は全て366となる。中心の183日を自分自身と対になると考えると、やはり366となる。

 

■5■ここで中心数は年初から 183日目だけでなく、暦の上の1日1日が全て中心数となり得ると考えてみよう。1年は365日だから182×2+1日だが、毎日がこの+1日であり、その前と後に182日ずつでループしている輪の構造が、中心の日として転がっていく。1年と1日が対性を擁して直交しているのだ。

 

■6■これは直交するトーラスをイメージしてもらえればよい。または地球暦を平面に置いて、その地球軌道に垂直に交わるもう1枚の地球暦が、1日1日に合わせて垂直のまま1/365ずつ回転しているというイメージ。ただしこれはその日とリバースの関係だけでなく、その日と残りの364日の関係としてだ。

 


 
■7■あるいはベシカパイシス。双対円の相互の円の中心が、もう一方の円周と重なっているという、幾何学的形状のイメージ。一方の円周上に地球暦の1年365日が乗っているとして、その1日1日には暦の上のその日以外の364日が重畳しているという形。その交差する2つの地球暦の虚実は交換可能である。

 

■8■数には様々な特性や大きさがあるが、1つ1つの数の在りようの間に優劣や善悪がないように、暦の上の1日1日ちもまた数として等価等質なものとして扱うことも可能だ。1年の内の1日1日がみな、1年の残る全ての日を内包しているという捉え方をすれば、差異の有無等は相互矛盾なく見て取れる。

 

■9■360度の365分の1もしくは 365.24219分の1である、機械的で均等な時間の分割の暦と、地球の楕円軌道による太陽との成す角度による非均等な差異を取り込んだ暦とでは、その繊細さ丁寧さによる正確さと美しさだけでなく、自らの時間感覚を暦の上のに重ねて生きる安心感にも違いが出て来てこよう。

 

 

■10■これは3次元的なカタチのモデルだが、太陽系の空間を3次元的にだけ捉える人には話が通し難かろう。この場合1枚目の地球の位置に重なる2枚目の中心は太陽である。立体的なベシカパイシス。もう少し改良して、ヘリオセントリックとジオセントリックの双方を立体的に見ることも可能ではないか。

 

■11■地球暦の重要な通過点である二分二至通過時点には、直交した地球暦もまた二分二至が直交する位置にくる。この1日1日に直交する残る364日の円盤は、西暦何年の暦の1年に対応するというわけではなく、1年365日の構造におけるそれぞれの日・年の関係と年・日の関係の、反転の方向の1モデルである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地球暦上の通年日

 

■1■ユリウス日というものがある。ユリウス通日ともいうが、ユリウス暦紀元前4713年1月1日(グレゴリオ暦では紀元前4714年11月24日)の正午(世界時)を起点に日の単位で数える。ユリウス通日は天文時の伝統に従い、日の起点は正午である。この日を整数で数える値を(JDN…Julian Day Number)と呼ぶ。

 

■2■ユリウス通日は1583年にスカリゲル(1540年〜1609年)によって考案された。1582年のグレゴリオ暦改暦によって、年代学等の日付けの計算が混乱、もしくは煩雑化することを予想して、ユリウス暦とグレゴリオ暦双方での日付の換算や日数計算の便のために考案した。例えば2018年1月1日は2458120日だ。

 

■3■このユリウス通年は周期や終わり無く続くが、1年の年初から何日経ったかという通年日がある暦はほとんど見かけない。しかし地球暦では、年初から1年間の通年日が刻まれている。ただし日付はグレゴレオ暦に順じてはいるが、起算日は西暦の1月1日ではなく、地球レベルで平等な春分の日である。

 

 

■4■2017年版の地球暦には、この通年日が地球軌道のすぐ外に小さな活字で記されている。地球暦は1公転360度を平年は365日で分割しているのだが、365日を単純に4分割しているわけではない。この通年日を数えてみると、春分〜秋分が187日、秋分〜春分は179日で、1週間(正午基準)の差があると分かる。

 

■5■よく見ると地球暦の地球軌道には幅がある。地球の公転軌道はわずかに楕円軌道なので、地球が太陽から最も離れる遠日点と、最も近づく近日点との差が地球軌道の幅なのだ。遠日点は公転速度が一番遅い日で、夏至の後の七夕辺りにあり、近日点は公転速度が一番早い日で、冬至の後の正月辺りにある。

 

■6■実はこの通年日は去年、一昨年の版などでは印刷されていない。昔の初期版ではあったが、起算日もしくは年初が立春のバージョンも存在した。毎年細やかに進化が見られるのである。この1日の長さが微妙に異なる1年365(もしくは366)日を360度に収める作業1つでも実に繊細さが要求されているのだ。

 

 

■7■通年日の起算日は、グレゴリオ暦の元旦や、ドリームスペルの7月26日や、春分秋分の日や、冬至の翌日である必要はない。別節の「自分暦」でも見たが、自分の誕生日や記念日、1つの企画の開始日でもよい。しかも複数が同時に進行しても問題はない。究極は上述したように365日全てでも問題はない。

 

■8■また毎年の1年365日を超えて、通年日を刻むことも可能だ。外にある基準のユリウス通日のように、自分や大切な人の誕生日からの通日を刻むことで、「子は親の暦」「伴侶との2重螺旋暦」、生後百日祝い、千日祝い、27年と数カ月の生後 10000日祝いなど、人間精神と暦の交差まで見えて来るだろう。

 

■9■地球暦は円環で閉じているのではなく、地球の太陽を公転する軌道のように実は螺旋軌道であり、1年単位でその螺旋を切り取って2次元平面に落としこんである。通日という一応終わり無く刻み続ける日と、循環して巡る日月の双方があって初めて見えてくるものもある。モノはある。あとは使い方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ソビエト連邦暦

   1930年のソビエト連邦のカレンダー。wikipediaより。

 

■1■第一次世界大戦中のロシアで1917年に2月革命が勃発し、ロマノフ朝による帝政ロシア帝国が崩壊して臨時政府が作られた。同じ年、首都ペトログラードで10月革命が起こり、左派勢力ボリシェヴィキにより臨時政府が倒されロシア内戦が始まり、1922年に史上初の共産主義国家ソビエト連邦が誕生した。

 

■2■ロシア正教会はグレゴリオ暦を採用せず、ずっとユリウス暦を使っていた。そのために1582年のグレゴリオ暦改暦時に、10日間を飛ばして春分の日を合わせるという操作がないまま、この時点では13日のずれが生じていた。従って1917年の2つのロシア革命とは、正確な暦では3月革命と11月革命となる。

 

■3■ロシア革命直後、レーニンは1918年2月1日〜13日の日付を飛ばすことで、ユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦を行った。さらにレーニンの死後、ヨシフ・スターリンによる独裁体制が強化される中、ソビエト連邦政府は1929年10月1日に新たな暦を採用することにした。これがソビエト連邦暦である。

 

   1933年のソビエト連邦カレンダー。wikipediaより。

 

■4■グレゴリオ暦の1月〜12月をそのまま残した上で、宗教抑制の目的で7日の曜日は廃止され、5日周期の週を採用した。日曜休日も廃止されて、黄曜日、桃曜日、赤曜日、紫曜日、緑曜日と色付けされた5曜日となった。整理・改変された国民共通の休日の他に、国民全員に休日の曜日が割り当てられた。

 

■5■7日周期を5日周期にすることで国民の休日を増やし、どの日も生産設備が完全に停止することなく、80%の労働力で生産効率を上げるという目算だった。しかし工場の機械整備の休止がなくなり、故障が頻発した。また休日が家族内でも一致せずに社会生活に支障が出て、この暦法は大変に不評だった。

 

■6■1931年、ソビエト政府は不評だった週5日制のソビエト連邦暦に週6日制を導入し、12月1日から実施した。家庭内の休日不一致を改めるために毎月第6日、第12日、第18日、第24日、第30日を国民共通の休息日とし、第31日は労働日とした。曜日の名称は第1日〜第6日と単純化され、31日は無曜日とした。

 

   血の日曜日事件、『マナペディアmanapedia』より借用、加工。

 

■7■レーニンは「宗教はアヘンだ」と言い、政府は社会主義化の一環として暦の上からも宗教色(特に1週間のサイクル)を排そうと努めた。しかし週6日制は休日が多いにもかかわらず不評は続いた。結局政府は最終的にソビエト連邦暦の廃棄を決定し、1940年にグレゴリオ暦による週7日制へと一本化した。

■8■結局暦の力は宗教やドグマより強かったということだ。暦は人間のものではあるが、12−60進法や1週間7日のサイクルなど、主義主張によって簡単に変え難いより大きな天体の運行や生命周期があり、それを否定するのではなく受容した上で、より使いやすい暦を模索していく必要があるということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


フランス革命暦

      フランス革命暦 画像は『wps+』より借用。

 

■1■「フランス革命暦」はフランス革命期に使われた独自の暦法である。7曜を廃して1週は10日、1日は10時間、1時間は100分、1分は100秒と全て10進法を用いている。1年は12か月とし、すべての月は公平に3つのデカード(10日)からなる30日で、5日の余日(閏年は6日)は年末に置いて休日とした。

 

■2■カトリック色の強いグレゴリオ暦を廃止して、革命政府はこの新たな暦法を制定した。暦の施行はグレゴリオ暦の1793年11月24日からだが、この共和暦の元年元日は、遡ってフランス革命により王政が廃止された翌日に当たる、グレゴリオ暦1792年9月22日(秋分)の日と定めら、以降12年余り使用された。

 

■3■合理性と平等を追求した暦ではあったが、これまでの生活習慣と大きく異なるものの1つに、時間の単位も全て10進法に変更したことがある。しかもあまりにも性急に導入されたために混乱を招き、一部を除いて普及することはなかった。また国民に不評だったため、1802年3月31日より7曜が復活した。

 

     革命暦6年のカレンダーのイラスト 『フランス革命暦と10進化時間』より。

 

■4■フランス革命暦の各月には、4つの季節ごとに同じ脚韻が付いた文学的月名が冠せられている。またこの暦には全ての日付にも名がついていた。各日につけられた名称は、家畜・農機具・植物の名にちなむものだった。しかし元旦が秋分のために、他国との整合性をとるためには暦日対照表を必要だった。

 

1.[秋] Vendemiaire ヴァンデミエール(葡萄月):9月22,23,24日〜
2.[秋] Brumaire ブリュメール(霧月)     :10月22,23,24日〜
3.[秋] Frimaire フリメール(霜月)       :11月21,22,23日〜
4.[冬] Nivose ニヴォーズ(雪月)       :12月21,22,23日〜
5.[冬] Pluviose プリュヴィオーズ(雨月)    :1月20,21,22日〜
6.[冬] Ventose ヴァントーズ(風月)      :2月19,20,21日〜
7.[春] Germinal ジェルミナル(芽月)     :3月20,21日〜
8.[春] Floreal フロレアル(花月)       :4月20,21日〜
9.[春] Prairial プレリアル(牧草月)      :5月20,21日〜
10.[夏] Messidor メスィドール(収穫月)    :6月19,20日〜
11.[夏] Thermidor テルミドール(熱月)    :7月19,20日〜
12.[夏] Fructidor フリュクティドール(果実月) :8月18,19日〜

 

■5■革命暦は、アンシャンレジーム(旧体制)で王権と結びついて民衆を抑圧していたカトリック教会のグレゴリウス暦ではなく、非カトリック化と理性に基づいた合理的な暦を作成するという理念に基づいて作成された。背景には絶対王政を廃して、議会が主権を持つ国民国家の成立するという理想があった。

 

■6■合理性と平等を追求したこの革命暦を、背景から切り離して暦として見ると、構造もそれなりに整った良い暦である。しかし人間という不可欠な要素の中で眺めると、それまでの生活習慣と大きく異なるものの1つに、カトリック教会由来ではない時間の単位までも、すべて10進法に変更したことがある。

 

     球戯場(テニスコート)の誓い 『世界史サロン』より借用。

 

■7■理想とは裏腹に、血生臭過ぎる貴族や体制側の者のみならず、多くの無実の者に対するギロチン処刑や、国内外の危機を名目に戦時体制と称して独裁体制を固めるジャコバン派の恐怖政治。そしてテルミドールの反動の後、1795年10月に穏健な総裁政府となり、フランス革命は終わり国民国家が成立した。

 

■8■現実の革命も暦の革命も、極端で性急に導入されたために混乱を招き、一部を除いて普及することはなかった。また国民に不評だったため、1802年3月31日より7曜が復活した。ナポレオン皇帝の時に、カトリック教会との和解としてグレゴリオ暦に戻った。暦はそれを用いる人間と不可分の存在なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


暦がないのは良い暦

 

■1■ここに表明する必要もないけれど、しない必要もないので、どちらでもよいということで表明しておくことにするけれど、私は個人的には年末年始などの諸事諸挨拶とは殆どかかわりがない。もちろん他の人たちが年末年始の諸事をこなすことや、取り交わす挨拶にいちゃもんをつけるつもりは毛頭ない。

 

■2■1人きりになっていれば、個人的と世間一般という立て分けも無いわけで(もっと言えば1人きりですらないわけだけれど)、世間や社会の中で約束として使われている年月日や諸事との交差するところはほとんどない。他者と交差する時に、社会的約束として年末年始の挨拶をしてもそれは変わらない。

 

■3■夏至・冬至、春分・秋分や他の天体との合や衝はそれなりに意識を置くけれど、太陰暦とは全く関係のないグレゴリオ暦のクリスマスや12月31日や1月1日というものに、社会的共有の外に価値を見出していない。繰り返すがこれは否定ではなく、許容可能だがその暦の世界に価値を置かないということ。

 

■4■社会や世間から隔絶しているわけではないし、既存のものに対して不満や不快を表わしているわけでもない。状況が許されているからそう本意を表明しているだけだ。ここで一言だけ言いたいのは、人々や社会の中にいても1人きりの世界の意識の自由度を放下する必要はないということだ。

 

■5■社会や友人知人とのかかわりにおいて、自分は暦やそのほかの決めごとや約束事に縛られる必要はなく、むしろそれらを楽しみ選ぶ余裕を失念しなければ何の問題もない。さあそういうことで、私はこれから愚妻が用意するであろう年越し蕎麦を食い、雑煮やおせちを食うのである。いいとこどりである。

 

■6■ああしかし、甥っ子や姪っ子たちへのお年玉はこんな身勝手でひとりよがりの素晴らしさを話しても、セコくお年玉をくれない理由にすぎないと思われたくないから、やはりしっかり準備しなくては。新年会にも顔は出さなくては。まあいつでも人非人になることができるので、余裕で人間致しましょう。

 

■7■余裕がない時は余裕がないことを失念しなければよいのだが、失念しなければよいということを失念して、世間のしがらみや社会的なイベントに余裕を少しずつ削られるってのもいいなあ。「人々の中にいてもしっかり1人でいることも失わないこと、1人でいても人々と共にあることをわすれないこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地球暦における円と線

 

■#02-00;地球暦

 

時間の周期と空間の配置を整合させた、杉山開知氏が創案した1枚暦で、内惑星の各軌道は精密に実寸の1兆分の1スケールになっている。内惑星は各軌道上に公転周期分の分割がしてあり、日々惑星に対応したピンを指し動かすことにより、太陽中心の各惑星の位置が瞬時にして見て取れる。外惑星は視覚的な動きが小さいので地球の1年と12か月で位置を表現されている。

 

 

■#02-01;時間の流れの円と線

 

・時間の流れは直線的か円環か?
・時間の流れはそのどちらでもあり、またどちらでもない。
・人間の認識の形とその表現の形が二択的に捉えているに過ぎない。

 

地球暦は1年365日を地球の軌道の1兆分の1スケールの円周上にプロットされているが、これとは別にオプションとして、仏教の経本のように折り畳まれた縦書き左進みのスケジュール表の形としても365日が表現されている点でも秀逸である。

 

 

■#02-02;地球暦における円と直線

 

・ニュートンが白色光からプリズムを使って取り出した可視光線領域は、その波長が378nm〜780nmの間のわずか1オクターブ分の電磁波帯域であり、その両端の外は人間には見えない。

 

・光のスペクトルの線分の両端をくるりと丸めて1つに重ね、そこに本来は存在しないマゼンタという色を置くことで閉じた色環となし、補色や暖色寒色屋色の調和不調和などの「人間の色彩理論」を構築している。

 

・太陽系第4惑星である火星の閉じた公転周長を開いて直線にすると、第6惑星である土星の公転半径になる。またその土星の公転周長を開いて同じように直線にすると、今度は第8惑星である海王星の公転直径になる。

 

・これは逆の操作も可能だが、その火星や土星の同じ1公転分の距離を、円環として見るだけでなく直線としても捉えることができなければ、そこにある意味を考える以前に、これらの接続そのものを考えることができない。

 

・この丸めると伸ばすという双方向のある種の反転作業を、時間の流れ及び「暦」の捉え方、さらに言えば世界観そのものにも適応することができるだろう。

 

 

■#02-03;普通の風景画像

 

この「丸める」と「伸ばす」という双方向の反転作業は、直交座標と極座標の変換操作にも似ている。その数学的概念を知らなくても、現今では画像処理ソフトなどを用いれば、キー1つの操作で視覚的に4値論理を疑似体験できる。

 

 

直交座標を極座標に変換
  大地が空を(下方が上方を)取り囲む。

 

 

普通の風景画像を上下反転
  上下を反転されてから直交座標を極座標に変換する。

 

 

直交座標を極座標に変換
  空が大地を(上方が下方を)取り囲む。


  aとcは上下反転、bとdは極座標の内外の反転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地球暦上に見る内惑星と反転した外惑星軌道

 

・人間の3次元的な空間認識を想定して反転界面の円を3AUに想定したが、計算し直してみると2.73AUの方がフィット感がある。

 

・月の自転・公転周期の27.3日、絶対零度の−273.15度、地球の1年の3/4である273日などを念頭に置いた10進法ホロンでもあるが、実際の3天文単位より、2.73天文単位あたりの方がアステロイド(エウノミア族、パラス族、ゲフィオン族など)が密集しているし、反転した外惑星の数値も内惑星の軌道に近くなる。

 

●内惑星軌道長半径  ●外惑星反転軌道半径
  -------         海王星反転軌道 0.247AU
 水星 0.387AU    天王星反転軌道 0.387AU
 金星 0.723AU    土星反転軌道 0.780AU
 地球 1.000AU    -------
 火星 1.520AU    木星反転軌道 1.423AU

 
 (※)狭義のエッジワース・カイパーベルトの幅は、ほぼ冥王星の近日点と遠日点の距離に等しい。

 

 

・木星、土星、天王星の反転軌道が、火星軌道、金星軌道、水星軌道に近い値になる。

 

・実際に火星の近日点は1.381AU 、遠日点は1.666AUだから、反転した木星軌道と重なる。なお地球軌道に近いところには何もない。

 

・土星反転軌道0.780AUは金星の0.723AUに近く、海王星反転軌道の0.387AUも水星の平均軌道の0.387AUと重なる(水星の近日点は0.3075AU、遠日点は4667AU )。

 

 

反転界面の円はどのみち地球暦のA1サイズの外になるけれど、この2.73AUはイチオシだ。

4枚目の画像はこの内惑星軌道と外惑星反転軌道を地球暦上に重ねてみた図である。

なおこの寸法比だと、A1紙の地球暦の四隅の端っこに、かろうじてこの外惑星反転界面の2.72AUが入り込む。ちょうどアトリエ・フィールアート・ゼロで1兆分の1スケールで地球暦を据え置いた時、冥王星の軌道が部屋の隅にちょっとだけ入り込めたことによく似ている。
     
ちなみに反転幾何学の初歩の初歩。赤い円の半径をrとすると P×P'=r^2 で、赤い円の内と外を反転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地球暦に円と線の変換を見る



■1■地球暦には様々なパーツが入っているが、その中で殆どオマケ的な扱いとして受け取られがちなものとして、「上半期・下半期」とだけタイトルがつけられた仏教の経本タイプに折られたものがある。ちょうど丸い地球暦の地球軌道に相当する1年分の記載部分を、横長に表裏半年分ずつ印刷したものだ。

■2■ちょうど1ページ15度、見開きで30度、片開きで180度分に相当する精緻な作りで、月相までは分かる1年分の予定表や記録帳にも用いることができる。360度の地球暦から地球パートのみを切り出して円を直線に変換した暦である。地球暦の春分からスタートの部分で比べてみると、その差異が分かる。



■3■かつてこのタイプの折りたたみ地球暦予定表がほしくて、地球暦をコピーして切り張りし、15度ずつ経本のように折りたたんでつなぎ、この「上半期・下半期」タイプのものを自作したことがあった。水星金星軌道部分を切り取るので、ちょうど15度&30度開いた扇の骨組を抜いたような形で結構使えた。

■4■太陽系そのものが移動しているので地球軌道が螺旋を描くように、実は地球暦も円で閉じているのではなく、1年開始の春分と終わりの春分前日とで去年の地球暦及び来年の地球暦と接続している螺旋形をしているわけで、それを常に地球軌道に垂直な位置から観測すると、それは直線に見えるであろう。


      弦長と振動数の関係からの音階構造を円周に見る操作

■5■この背後にあるのは、私たちの意識の中にある閉じた円周を両端が解放された直線に変換し、また逆に切り取った線分を円環に丸めるという操作を施して、世界の諸相を多様に捉え見ることができる認識方法である。私たちが普段当たり前のように自然に行っている、この操作の例は枚挙にいとまがない。

■6■私たちが電磁波帯域のほんの1オクターブ分、つまり波長でいえば380〜780ナノメートルの帯域を色光として認識しているけれど、その補色や調和を考える色彩理論や感覚は、そもそもスペクトルの一部である直線帯域を円環に丸め、しかもその両端を重ねた部分に本来存在しないマゼンタを見ている。

       

■7■円軌道(楕円軌道)を描く太陽系の惑星の中でも、例えば火星軌道の周長、つまりは円周を直線に引き延ばせば土星軌道の半径にほぼ等しくなるし、その土星軌道の周長円環をまた直線に引き延ばせば、今度は海王星の軌道直径にほぼぴったりの距離であることが分かる。偶数軌道間でのπの関与である。

■8■2012年12月21日に、様々なスケールの周期が重なって終わりを迎えたマヤの暦からも分かるが、直線的な260年や5215年や26000年や104000年等の周期が果てただけでもなければ、様々な時間の円環がそのサイクルの出発点に戻っただけでもない。この直線と円環双方を別個ではなく見る視座が必要なのだ。

■9■「暦」は単なる時間計測のための道具ではないし、また単なる芸術作品でもない。そこに埋め込まれている、私たちの様々な認識の英知や法則を再発見し、日々の人間関係から世界の在りようの観察にまで、自らが能動的に使うことで、「暦」から生命を受け取り、また生命を与えることになるのである。

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■古来より暦は為政者が民を支配し操作するためのものとしても使われ続けてきた。日本でも604年の甲子から(正確にはもう少し前から中国の暦は使われていた)正式にオフィシャルな暦が使われて、以来第2次世界大戦後の1946年に暦の専売制が廃止されるまで、ずーっとその時代の為政者が握っていた。

■今現在、誰でも様々な暦を自由に作り、また広めることができるのも、1400年以上の日本の歴史の中でもまだわずか70年だけのことである。今後さらに、その自由の中で、思考方法や世界観そのものまでさらに自由にしていくツールとしての暦が展開してく余地はまだあるというるだろう。

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★3月26日に私が市川市でやる「暦のおはなし」の情報

https://www.facebook.com/events/189110881455607/

主催してくれるのは「はち」さん

https://www.facebook.com/hachi8natural/














 


 

「こよみ〜己読みシンポジウム」のためのメモ



「何々とかけて〜と解く」的な大喜利連想をしてみよう。駄洒落的発想はオヤジギャグと半混ざり領域でもあるが、同じ音で多様な意味を内包していた和語の本質の一つでもある。

(1)こよみは「己読み」

太陽暦・世界暦・地球暦・銀河暦・宇宙暦と自分の外に暦は多々あるが、自分の誕生日が元旦の「自分暦」との併用があって初めて暦が生きる。為政者や研究者が形にしたものを自らの内と外を調和させるために用いるべし。

(2)こよみは「九読み」

和語の9はこ(このつ)。9は10進法で一桁最大の数。3×3の9マスからなる最小の魔方陣から、9×9の魔方陣までの7つの魔方陣の世界。九九の81と中心数42。9×9×9の立体魔方陣、27×27の魔方陣の中心数は365。

(3)こよみは「543」

3:4:5の直角3角形は古代からの叡智。3:4はこれまでのモニターやデジカメ画面の比で対角線は5。3+4+5=12、3×4×5=60。3^2+4^2=5^2の平面叡智から、3^3+4^3+5^3=6^3に立ち上がる必要性。

(4)こよみは「此黄泉」

 この世界がただの実数世界としての生の世界だけでなく、喩えていえば虚数世界つまり死の世界と重畳している複素数空間であると認識して、改めて自己他者を考える。ひとりよがりの王国の国境付近の豊かさを満喫すること。



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■言い忘れていたが、なぜ「自分暦」が必要なのかというと、自分と自分以外が良くも悪くも非分離なままの日本人的在りようから、今の暦を越えていくような領域に入る時、改めて一旦その区別を明確にしたあとに、やはりその区別そのものが実はないものでもあるということを知るために…だ。

■私たちの心は心臓にでも、頭蓋骨の中でも、丹田にでも、身体内部のどこか限定した場所にあるのではなく、むしろ体内も含めたこの体外ぐるりの世界の方にもあると捉える感覚あるが、日本人的には何かそれもまた1つアリかも…的なところで分かっているところがアドバンテージアスなのだ。

■「こころ」といったときに意識なのか精神なのか魂なのか知的活動なのか情緒なのかとかいう理解のしようだけではなく、それを言語化しようとしたもののする前の「それ」を阿吽の呼吸で相互認識するというか、相互がなくなって認識だけがひとつ立ち上がるというところが、多分まだ残っている。

■悲しいではなく物悲しいと言った時の私だけでもなく周囲だけでもないあたり。そのあたりを捉えるのも「己読み」のひとつなのではなかろうか。自分暦はそういう意味でも4値論理的なものだろう。色々な暦があっても、どれも否定せずに併用できる。マヤ人のたちもそうだったのかも知れない。













 

全ての「自分暦」元旦におめでとうを



■1■「数は3から始まる」という表現がある。もちろん1から始まる数理世界と重なっているわけだけれど。3の自乗で10進法最大の数9となり、最小の魔方陣である3次魔方陣となる。3×3×3で27となり、ルービックキューブの形となり、これが3次立体魔方陣となる。月の自転・公転周期は27.3日だ。

■2■そして27×27は729で、+1すれば730で2年分の日数となる。もちろん9×9×9でも同様である。29次魔方陣と9次立体魔方陣が入る元の構造だ。それぞれが地球の1年の365を中心に持っているし、10進法の3乗である1000からこの730を引くと、27の10倍である270が残る。実にうまくできている。

■3■3軸方向に対称性を見る私たち人間にとって、基本単位の1、10進法最大の1桁の数9、10そのもの、そして数が3から始まる場合の10に相当する12。これらの3乗の和を用いて、ラマヌジャンは1729という数を、2種類の異なる数の3乗の和で表すことができる興味深い数だと、病院の床の中で言った。

  1×1×1+12×12×12= 1+1728=1729
  9×9×9+10×10×10=729+1000=1729


■4■「数は3から始まる」という表現も、1から始まって2,3,4…と続く原型があってこその物言いだが、単純に10進法で考えれば、下の数列のように「1〜10」が「3〜12」にずれただけのことだ。もちろん実際に計算したりすれば、それを元の「1〜10」に変換すれば異なる値となるのは当然である。

  1,2,3,4,5,6,7,8,910
  3,4,5,6,7,8,9,10
1112

■5■「1〜10」の10進法で、数記法も9の次は10の位ができて2桁になるが、記号的に1の位だけに注目して「3〜12」を「1〜10」を並べれば、下の数列のようになる。これは数秘術などで2桁の数は数字を足して1桁に落とし込む手順をすれば変わるが、その前のずれと同じ構造を見てとるためのものだ。

  1,2,3,4,5,6,7,8,910
  11
123,4,5,6,7,8,9,10

■6■証明ではないので詳しくは書かないが、これは共通の暦の上での自分の誕生日に関しても言える。「クレゴリオ暦」や「13の月の暦」や「和暦」に限らず、「太陽暦」「太陰暦」「大陽太陰暦」の世界は「万年歴」「実証歴」「革命暦」「世界暦」「地球暦」「銀河暦」「宇宙暦」…とどこまでも広がる。

■7■自分の誕生日が共通の暦の元旦ではないとしても、自分の誕生日が「自分暦」の元旦であることは間違いない。「自分暦」の365日の内部構造は随意である。7×52+1でも、28×13+1でも、30×12+5でも、20×18+5でも、誕生日前日が大晦日になる共通の暦と重なるならば、何構造でも構わない。

■8■問題は世界にお任せの外界の暦だけにでもなく、自己中心のひとりよがりの自分暦だけでもなく、多数の暦を自在に用いていたマヤ人のように、その日その日の背後に残る1年の364日が対で巡るような構造で捉え、「共有暦」と「自分暦」を1と2と見る3の視座から数と日を数え見て行きたいものだ。

■9■自分の誕生日が「共有暦」のどこに位置するか、また今日という日が「自分暦」のどこに位置するのか自覚しつつ、他者の誕生日をその人の特異点として祝い寿ぐこともまた喜びではなかろうか。「歴」は過去のことの既述、「暦」は現在と未来のことの既述でもある。今日からまた新たに数え始めよう。












 

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