鶴舞公園でも花見

 

今日は今日とて、名古屋は今日が満開ということなので、また花見に行ってきた。鶴舞公園は街中にある大きな公園なんだけれど、駅そばの辺りとかは、もうめっきり上野公園みたいになっていた。

 

 

それと名大病院の前にある花見ポイントも人だかりに満ちていて、結局飲むことも食べることもないまま、鶴舞駅の近くでパフォーマンスしていた人を見てしまった。あの花見の情緒は何なのだろう。

 

 

もういい加減、俺を見てみたいな画像んだけれど、実は足のリハビリを兼ねての散歩で、とうとうここ数日は1日1万歩超えのある気ができるまでに回復したということを示しておりますのでよろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


山崎川で花見…PART2

★1日おいて再び近所の山崎側の花見に行った。なんだよ、まだ満開じゃないじゃないかよ。なんか急に桜の下で稲荷寿司食べたくなってて、近くのコンビニで助六弁当買った。

 

★月曜日はジャンプの日。先ずは「花よりジャンプ」ってわけで、『鬼滅の刃』を歩き読み。からの鳩との会話、鯉との対話をしながら、橋の上でとりあえずポーズ。いまいち。

 

★視点を変えるために川面近くに降りてみる。生活排水も混入している川の水は薄緑に染まっていて、ちょっと温泉のような色合い。甲羅干ししていた亀達も泳ぎ始める暖かさ。

 

 

とりあえずコンビニでゲットした週間少年ジャンプを待ち切れずに開いて、『鬼滅の刃』をむさぼり読む。

「記憶の遺伝」…生き物は記憶も遺伝する。ってすごいな吾峠さんの心理学的、生命進化的設定は独自で面白い。

 

 

いつもの川面に降りられる広い石階段の途中で鳩と会話。おととい猫のカリカリをここで挙げたことを覚えていいた同じ旗なのか?

この後、稲荷寿司食べ始めたら、鳩がガン見してくるので食べにくかったなあ。

 

 

一応橋の上での写真も撮る。桜の木のてっぺん近くはまだ花が開いていないので、全体的に7部咲きってところかな。

 

       

 

板でしつらえられた水際の踊り場に降りてみた。はるか上の方の枝に、ビニールとか布が引っかかっているから、大増水の時は、私が立っているところも水が頭の上まで来てたってことだなあ。

 

 

眼上の桜並木を背景にお約束のポーズ。くそっ、なんかもさっとして決まっとらんがな。あ、背景に管理関係のおいちゃんたちが仕事してはる。

 

 

撮影担当、愚妻。カメラに収まるときだけ、花粉症対策のマスクを取っとる。そういえばマスクしている人、結構いたなあ。私は花粉症とは縁がないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


山崎川で花見…PART1

昨日近所にある有名な山崎川の桜並木を見に行ってきた。満開にはまだちょっと。しかし今日はもう満開に近かったらしい。仕方ないのでまた明日行くことにした。

 

       

 

せっかくカッコつけてポーズ決めたつもりなのに、義妹にはベムって見えたみたいだ。あの妖怪人間である。

 

 

いくつになっても桜は咲くら。(どこの方言か忘れた…(笑))ようやくこの格好でいられる季節になりました。

 

       

 

しっかり立ちポーズに比べてなんか流れているような感じわし。まあいいじゃないですか。

 

       

 

しかたないから、撮影者(愚妻)の姿も入れてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


甲田の烈っつぁん誕生祝い

 

烈っつぁんの誕生日ということで、熱田神宮に行き、熱田蓬莱軒でひつまぶし。食後は神宮散策。シメはコメダ珈琲店の第1号店という、名古屋に来た友人対応の鉄板コース。これに名古屋モーニングがつけばカンペキ(^^)。

 

徹夜仕事を終えて、おそらくそのまま駆けつけてくれたツッチーも参戦。食の細いツッチーがあのご飯茶碗3杯分はあろうひつまぶしのご飯を完食。やはり安定した味は強い。ともみんは蓬莱軒のひつまぶしは初体験。超贅沢な食事メニューではないけれど、毎日食べるという手ごろな値段でもないひつまぶしは、友人知人の来訪時などに食するものになっている感がある。

 

       

 

夕刻の熱田神宮。若かりし頃のように神仏その他に対してのノーリスペクトではなく、鳥居をくぐる時の礼や手水のしきたりなどは、それなりにこなすようになっているけれど、ちょっとチョーシこいて自撮り棒+フラッシュ操作でぶん回して撮影していたら、カメラの取り付け部分で自撮り棒がバッキリ折れてしまった。自分とこのような場所の関係において、自分自身の居住まいを正すという行為をするのは、このような出来事を神仏に対する恐れや猛進だけでなく、自らの無意識も含めた様々な関係性に対して丁寧になろうと自覚自戒する良い機会ととらえている。

 

 

今や日本各地に出店拡張するばかりでなく、世界戦略もとり始めたという、千店ほどあると言われるコメダ珈琲店の1号店に連れて行くという、これもまた1つのおもてなし。まあメニューは同じなんだけれど、2階建てで建て増しもあるちょっと複雑な建物に入ったということは、コメダ好きにはちょいレアな体験かと。最近新メニューがかなり多い気がする。

ちなみにこの画像はおとといのモーニング。この日の名古屋モーニングは、飲み物を頼むとおにぎり二個とサラダとお茶と茶碗蒸しがついてくる「花暦」というところで。飲み物として頼んだホットコーヒーが浮いている。色々あるのを示すために、お粥バージョンと、トーストバージョンもみんなでずらして頼んでみた。何かテーブルの上が賑やかすぎるけど、これで飲み物代金だけ。よくわからなけど、凄いよね。

 

さて、明日からはしばしこのメンツで温泉旅行と相成るのである。行先は下呂温泉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


サッカーのイレブン的な11の独り言

 

★1★自分がなぜヌーソロジーに関して余りものを言わないのか自問したところ、セルジオ越後になりたくないからって答が1つ浮かんできた(笑)。セルジオさん、かつてはブラジルで才能を爆裂させ、素晴らしい経歴も持っているけれど、その意見やアドバイスが歯に衣着せない辛口コメント系なので、どうしても煙たがられるし、意味もなく嫌われたりもするよね。

★2★それだけならまだしも、時々頓珍漢なものの見方もする(人間誰れしもする)から、完全に言うことに重きを置けず、リスペクトもし切れない。そんなスタンスで例えば「ヌーソロジストなら『オコツトとは何か?』という解明の理路を各個人で作る必要がある(BOBは当人だから全く別の問題となるのだが)」とか言ったら、それなりの責任も取らなくてはならなくなる。

★3★それよりも生物進化や太陽系の各惑星間の美しさや絶妙さなど余り知られていない草々を提示して、それに極力ヌース用語を使わずに、ヌーソロジストの機械的・条件反射的でない本当の思考のヒントや触媒になればと思いつつ、自分のためにがしがし自分の視座からものもをまとめて行く方が、全く持って性にあっていると思う。

★4★誰しも独自の個人的な視座や感覚を持っているわけで(極端な喩えで言えば、痛みや苦悩とその内臓との連動観とか)、その自分の持つ問題意識や情動や美的感覚を外さないようにしつつ、自分の問題とそして未知なる未来の方向に、意識的に進む方向性と方法の模索、そしてその実践が現今は特に必要なのだと思う。

★5★たとえばBOBが30年ほど前に、最初におかしくなった時、それの一部(決してわずかではない)をその場で見ていた者の、「これはいったい何ごとだろう?」という自問と世界に対する問いかけの、他者と共有できない孤独さ(辛さや哀しさでは全然ない)は、これまたBOBも含めて誰とも共有できないでいる。当人とそのすぐ隣りにいた人の関係だ。

★6★それはまたBOBとも異なる視座だから、彼自身にも問えないし問おうとも思わない。時々ジョークを交えてそのあたりのことを話す時は、かえってその時の彼の視野からの世界の見え方や、忘れ去っていた私自身の言動などを伝えられてはっとしたりもする。ずっと彼の言った言葉だと思っていたものが、私自身の言葉だったりした時のたじろぎとか(笑)。

★7★「ヌース用語を使わずにヌーソロジーについて語り考える」という半ば冗談のような物言いをしているけれど、それに関しては(私自身は別にそうでなくても構わないのだけれど)結構ヌーソロジスト的だと思う。「自分の脳の中を眼前世界として見ている」という言動の重さと軽さ。重さを笑いに包むと、笑いと一緒に飛び去ってしまうし(^^)。

★8★言語の問題、概念の問題、そして論理そのものの問題を共有しないまま、新しいものに食いつくと、一向に進歩進化しないので、その方向性に対してもヌース用語をBOBが提示してくれているのだけれど、分からないままそれを使うのは、生兵法は精神の怪我の元と、身体技能関係者なら分かるだろうか。(怪我はなぜ怪しい我なんだろう?)

★9★守護天使・守護霊・指導霊・交信してきた宇宙人・未来より語り掛ける自分・高次の胎盤存在・自分と対の反転した自分…解釈はどうでもいいんだけれど、その解釈したものについて信頼と敬愛を持って、共に自らの未来を切り開く気概が欲しいところだ。解釈の仕方の差異で争う愚行はなくすり合わせて進めるものならば。

★10★現在の神道、そして古神道の前にあった(そして今でもあるであろう)ものたちにこそ興味がある。諏訪で言えば、建御名方神と八坂刀売神が祀られる前のモリヤ氏やその他の先住精神の存在、そしてそのさらに前の列島に広がっていた知と生命の体系に興味があるわけで、神道の話を無視するつもりはないが、神道的世界の中だけで話をされても困惑するばかりだ。

★11★いや、つぶやきが長くなりすぎたので、このあたりで話のつながりを収集し放逐しようと思うが、私がたまにセルジオ越後やその他の様々な解説者やコメンテイター(サッカーに限らずだけれど)に対して、時々「ならおまえがやれ!」とつい突っ込みたくなるので、それを口にする前に自分で先にやっているつもりなんだよね。

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突っ込みもせずに「ならオレがやる」と言うのは、未知に対してどのような姿勢で臨んでいるかがかなり重要かと思われます。

理路と言うものにもレベルやクラスがあるわけで、理路そのものの寄って来るところそのものを下手に問うと、共に混乱して発狂させたり、人間としての生活を破たんさせることもあるわけで、そういう意味ではなかなか真の意味で着火しない核爆弾みたいなものとも表現できるかも。


余り喩えがよろしくないけれど。ひとりひとりがその人にとってのオコツトのスタンスの何かを捕まえてもしくは設定して、彼と自らとの思考をねじ込んで深めていくのもアリだし、シカトしているのもアリでしようね(^^)。

今日はkin260。だからBOBのことが少し気になったのかなと、後で自分自身のために理由づけてしみる。
明日はKin1。世間のカレンダーに逆らって生きるのの逆で、自分一人でよりずっと切り替えが楽にできそうなので、便乗して切り替えもいいかも。


とろマロ

 

先日の話。
 家に戻ってパソコン開いたら、キーボードの横にこんなものがっ!
トロい私への愚妻の当てつけかっ!くそっ、喰ってやるっ。
…って、喰ったらトロりとしたライム味のマシュマロやった。美味かった。そんだけ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


鶴舞公園の椿殺人事件?

 

■桜の花が散ったら、もう後1年間見ることができなくなるのだなあと思ったら、急に見納めしたくなったので、何はともあれと鶴舞公園を訪れた。平日のお昼だというのに、学生や若い女性たちが早々に盛り上がっていた。久しぶりに見る縁日の出店群。満開の桜林の中は、花が光を遮って少しだけ薄暗い。

 

       

 

■春服を買いに行く暇が取れないままなので、この季節の一張羅をまた身にまといつつ歩いてみた。愚妻が何か色々と私の画像を撮るので、どうせ恥かしい画像であるならば、「世間ずれ探偵マロー」というキャラでも作って捏造して成りきりっ子してみようという、恥の上塗りイベントを自分の中に湧出させてみた。

 

       

 

■そしていずこを見ても満開の桜で薄桃色の雲海ワールドの中、赤く大地を染めるヤバそうな箇所が、幾つか目に飛び込んできた。すわ大参事かっ!早速現場に近づいて検証してみると、桜のように花弁が散るのではなく、この季節になると首がもげるようにまるごと花が落ちる真っ赤な椿の花溜まりだった。

 

       

 

■現場検証と自らの脳波検証を澄ました結果、やはり椿の木の自殺的メタモルフォーゼの1フェイズであるとの結論が出た(←いや、瞬時にわかれよ、それくらい)。一応周囲に怪しいものがないか調べ巡ってみたが、桜の花びらが飾りをつけた水面に映る、黒ずくめの少しヘンなヤツを認めただけだった。

 

(「脳内事象の外部反映事件簿」その1、終わり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


kiraku&草子コンビ来名す

 

■kiraku&草子さんコンビ、名古屋に来る。蓬莱軒には大食らいの人用に(?)1.5倍があるんだけれど、今日はそれを頼んでいたら食べきれなかっただろうな。元々どんぶり物的な見た目通り…というかそれ以上に、色々味わうためにご飯がたっぷりなんだよね、ひつまぶしって。久しぶりで美味かったー。

 

■数年前までは、超腹ヘリの時はこの1.5倍だなって思っていたんだけれど、まあ、食後のあともう少しだけ食べたいかなー感がちょうどよかったわけだ。しかし歳を取ると食事の燃費が良くなるというけれど、今日はこれでも少しだけ多めかなくらいな腹具合になっていた。あ、ビールも飲んでたけど。

       
           熱田蓬莱軒の玄関側から庭を背景に

 

■夕飯の後は、せっかく熱田蓬莱軒の本店に来たのだから、すぐ傍にある熱田神宮に行ってみようということになった。熱田神宮はご存じの通り伊勢神宮より古くからあり、尾張の国は初期の天皇家に皇后として女性が嫁いでいたりするらしい。まあ歴史は置いておいて、熱田神宮は夜中でも門を閉じない。

 

■だから夜の10時だろうが夜明け前だろうが、基本的に通り抜けフリーだ。明日は伊勢神宮に行ってみるというは、わずか2日で…というか、24時間以内で伊勢と熱田両方巡りすることになる。なんだかスゲーな。夜の広々としているけれど暗い境内をあちらこちらと歩いてみた。とても清々しく気持ちよい。

       

 

■もちろん警備はしっかりしているんだけれど、吉祥寺のやくざさんが表に出ないように(←喩えが悪すぎます)、ひっそりしながら厳重に佇んでいる。下の画像でもはしゃぐ私たちのすぐ右に見えるボックスの中に警備員さんが暗い中、静かに座っているのが見えてちょっとビビッた。本当にご苦労様です。

 

■誰もいない真夜中過ぎとかでも、ずっと一人でここに詰めているんだ。私なら夜中に怖くて死んでしまいそうなのだが。…いや、そういう問題ではないけれど(^^)。というか、熱田神宮は超怖がりの私でも全然怖くないんだけれどね。まあひょっとして入れないところで怖い場所はあるかも知れないけれど。

 

■さらにこの後、今では全国+全世界目ざして1000点を超えたらしいのでちょっと有名になった、コメダ珈琲店の本店というか1号店に行ってコーヒーを飲んだ。まあ、コメダはどこでも同じ内装と値段と広い駐車場で有名で、コーヒーの味すらもほぼ同じなんだけれど、1号店で飲むというところがレア(^^)。

■すでにお昼には名古屋城に入ってきたらしい2人を引きずり回したけれと、寝床は猫々ハウスに設えてみた。猫2匹、どちらも宜しく(^^)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今年もまた山崎川の桜

 

■今年は年初から体調が悪い時期があり、どうせならHPの内容をリニューアルしようと始めたところ、とんでもない時間がかかることに気が付いたけれど、途中でやめるわけにもいかずに日々引きこもり的にまとめなおし作業を続けていた。自主ノルマを果たすともう夜中…みたいなパターンの日々だった。

 

■外で経過する暑さ寒さをほとんど実感としては知らぬまま、3カ月が過ぎてすでに4月に何ったので、今年は遅れているという桜を見にという名目で、スポットである山崎川に出向いてみた。遅れようが異常気象だろうが、それでも地球は回り、季節は巡る。それにしても何かいるよね、こんなヘンな親父、あ、私か(笑)。

       

 

■普通の桜見の写真だけではつまらないので、何となく変わった画像を撮ってみようと思った。しかしかながら足を長く見せようとして下から煽ってみた画像は、花が映らずもはや花見の画像ではない。愚妻は座ったベンチが雨で濡れていたとかで、パンツまで染みたと一人大騒ぎ。

 

■やることなすこと、タイミングが合わないしペースもずれていることを、階段の段違いで画像表現してみた。しかしこれもどちらかというと花見写真ではない。ちょっとだけ作品意識が混入するのはしかたがないけれど、それにしても7分咲きの花曇り。絶望的に歳甲斐がない(笑)。

       

 

■自分の撮った画像にはまともなものがないのか?…と自虐的に喜んでいる自分がいるようだ。この魚眼風レンズの試運転でもあったのだけれど、もはや桜の花が木々から見えない状態に〜。頭の中は今まとめている多面体のことばかりなんだものなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今年も元旦から猫まみれ

「元旦から猫まみれ」と書いたら、去年の元旦も猫まみれだった(笑)。

       
       
       

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