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映画『フラッシュバックメモリーズ』を観た<1>

 

■『フラッシュバックメモリーズ』という映画を観て来た。実に作品製作そのものも含めて興味深い。全編に渡ってデジュリドゥの演奏が流れていて、これだけでも物凄い。最初はなぜドキュメンタリーに3Dを使う必要があるのかと思い、また主人公の成功話は興味がないので、一部眠ってしまった。

■しかし3D表現によるメモリー画像の多重かさねや、静止画+まんがのセリフを意識したかのような文字によるモノローグ、一部アニメーション的に画像を加工した部分など、普通の映画とは異なる斬新な試みに、途中から好感が持てた。そして一部は3.11とも重なる個人的な重圧感と方向喪失感。

■3Dの用い方がステージのライブと背景の階層画像のように見えることもあり、また演奏されるデジュリドゥそのものが、観客の視座方向に突き刺さるように伸びてくる撮影が、観客として見る視座と、記憶と時間空間概念を失いつつもがき、未来に光を見出そうとする者との奥行きを感じさせる。

■つまりkohsen氏言うところの、この世界をTVなどのモニター越しに見ている私たちは、生まれてから1度もそのモニターの前から動いておらず、モニター越しの世界そのもののほうが絶えず動いているに過ぎないという縦軸方向に沿って、こちらに突き刺さるように動く楽器に啓示の方向を感じる。

■この映画は3Dであることもあって、DVDで観るよりやはり映画館で鑑賞するほうがいいだろう。途中から主人公の現今と未来だけでも、監督その他の意図や創作魂だけでもなく、自分自身の時空姿勢や新しい方向性をも考えさせられた、実に良くできた作品である。そしてまだ未完である現実。

■ストーリーを紹介しても分かり難いだろうが、交通事故により記憶の一部が消えたり、新しい出来事を覚え辛くなるという脳障害を負ったディジュリドゥ奏者の世界とリハビリ。それを後ろから支える家族やバンドの仲間たち。過去はないまま、未来に希望と光を信じる者のメッセージを受け取った。

■映画については好みや趣味や興味などにより、他者に勧めるのは躊躇することが多い。実際、愚妻などは全編に流れる演奏で最後まで爆睡してしまっていたと言う。ヌーシストやアーティスト、そしてそうでない人に対しても、個人的には強く勧める作品である。いや本当にもう古臭い映画はいらない。













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  • 2020.04.15 Wednesday
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