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志を同じくする惑星遊牧民

     

■現代人は自我を持った個人としての存在を呈しているが、何らかの帰属意識を持つことなく、個人だけで正常に生きていくことは難しい。しかし帰属意識というものが誰にでも均質なものと捉えるのは愚行であろう。農耕民は土地を領土として大切にし、遊牧民は土地より構成員たる人の集団を大切にする。

■もちろんザックリした表現ではあるが、現在の日本人をどう定義づけるかは別として、私たちは歴史的にも遺伝的にも、100%の農耕民でも遊牧民でもないので、思考や意思共有に日本語を用いるとか、伝統的な文化慣習等も含めた帰属意識も含めて、2者間の様々なスペクトルとして自覚されるであろう。

■個人的意識の自覚と表明としては、国土や地域に縛られることを嫌い、世界観や未来方向を共有しつつ自由に移動できる、ある意味での現代の遊牧民的なものに帰属意識を持っている。もちろん日本語を用いて情緒と思考を共有することに、国家を守るために命を賭すという観念は、幻想と感じて馴染まない。

■もちろん逆の感性や思考の人の存在も否定しない。私個人としても農耕をすることは嫌いではない。しかし全体主義的な括りで、義務としてほぼ2次元的な国土の界面である国境の内部として象徴される国家という概念にはさほどリアリティを感じない。歴史的過去は否定しないが、未来を強奪されもしない。

■国を超えた地球レベルで共有できる文化や学問・世界観や人間的佇まいは沢山ある。それら様々な価値観と未来を共有できる、未だ会っていない人も含めて、国を守るために死ぬのも当然であるという主義主張をせざるを得ない発想がやがて過去になることを信じつつ、志を同じくする惑星遊牧民に帰属する。

■部分は全体に照応する。自分たちは食さないけれど、商品として在り捌くために心をこめずに生産し、自分たちの食する分はちゃっかり別に作っているような者と、極力自他を害することのない自然なものを丹精込めて作る、ある意味で本当の日本人的な気質を持った者とを、どう対応させるかは自明だろう。

■言うまでもないことだが、「農耕」と「遊牧」という対表現はメタファーだ。2値であるより願わくば4値を背景に見てほしいところである。













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  • 2024.03.21 Thursday
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