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ミトラについて(1)

 

■1■一般的にミトラとはインド・ヨーロッパ語族である古代アーリヤ人が信仰する男神の名である。現今の研究では紀元前3000年頃、出自不明の古代アーリア人は中央アジアを起点として、ヨーロッパへ向かう西方系とイラン高原・インド亜大陸に向かう東方系に分かれて、民族移動を開始したとされている。

■2■この東方系アーリア人は、紀元前2000年頃にイラン高原とインド亜大陸に分岐した。すなわちイラン系アーリア人とインド系アーリア人である。そして紀元前1500年頃、インド亜大陸に本格的に侵入を始め、先住民族のドラヴィタ人と支配・融合過程で双方の宗教が融合して、バラモン教が形成された。

■3■この際ミトラ神もヴァルナ神と共に双主神として取り込まれている。内容が紀元前15世紀まで遡ると考えられている古代インドの聖典の1つ『リグ・ヴェーダ』には、千の耳と万の目を持ち、常に目覚めているミトラは、光・真実・盟約を司る太陽神であるミトラへの賛歌が繰り返し出現している。

■4■紀元前1〜後5世紀頃のイラン高原東部からインド亜大陸西部にかけては、素朴な太陽信仰・ミトラ教・ゾロアスター教などが混交分布していた。ここに大乗仏教化・菩薩信仰化しつつある仏教が進出してきて生まれた弥勒菩薩(マイトレーヤ)信仰には、ミトラ神崇拝が深く影響したと考えられている。

)仏教の弥勒・マイトレーヤ(Maitreya)はクシャーナ朝の太陽神ミイロに由来し、ミイロはイランの太陽神ミスラMithraに由来するので、ベーダの契約神ミトラMitraと関連する。

■5■この弥勒菩薩については、その救世主的性格からゾロアスター教の影響も指摘されている。後の阿弥陀仏信仰についても、その光明神としての性格や西方浄土信仰から、ミトラ神が影響していると見る説もある。なお浄土の思想的原義はインドの仏国土だが、一般には阿弥陀仏の西方極楽浄土をさす。



■6■紀元前2000年頃アナトリアに侵入したヒッタイト人は、前1680年頃王国を作り、古バビロニアを滅ぼした。その古代ヒッタイト帝国の首都ハットゥシャ(現トルコ領)から出土した、紀元前14世紀の粘土板文書『ボアズキョイ文書』に、ミトラはヒッタイト人とミタンニ人の盟約の神として現れている。

■7■ザラスシュトラは、善悪二元論を背景とした、唯一の至高神アフラ・マズダーへの一神教『ゾロアスター教』(ゾロアスターはザラスシュトラのギリシャ名)を創始したが、後にアーリア人に信仰されていたミトラ神も天光の神として取り込まれており、正義、契約、盟約、真実を司るとされていた。

■8■ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』ではミトラは死からの救い主・浄福を与える者・勝利者・戦士・広い牧場の主などと称され、多神教の内の一柱だが非常に人気が高かった。このように同じ名のミトラ神であっても、信仰される土地や時代によって、その呼び名や意味あいは様々に異なっている。

■9■カスピ海南東部及びイラン高原東北部に興ったパルティア王国(紀元前247年頃〜紀元後224年)では、首都の1つにミトラダトケルト(現トルクメニスタンのニサ)という名があり、ミトラダデスと名のる王が何人もいたように事からも明らかなように、ゾロアスター教と共にミトラ教が信仰されていた。

■10■アルメニア王国(紀元前190年〜紀元後428年)のゾロアスター教では神々が改変された。最高神アフラ・マズターは「父」、ミスラ神はその「子」と尊称され、またこの世の終末に再臨するなど、キリスト教と重複する内容となっている。(なお「母」アナーヒターを仏教の弁財天と同一視する説もある)














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  • 2019.08.22 Thursday
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