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2160年の2から3へ



■1■ホロスコープ(Horoscope)の語源は、「Hora=時」と「Skopos=見張り番」が組み合わさった、「時の見張り番」という意味の古代ギリシャ語ホロスコポス(Horoskopos)である。古代メソポタミアのカルデア人(※2)は天体観測を続けて暦を制作した。暦は農作業や政治のために必要な当時の最先端科学だった。

■2■正確に言えば、彼らは太陽と共に東の地平線上に昇る星(後年プトレマイオスが馭者座アルファ星カペラと名付けた星)を観測していた。この星が太陽と共に昇る時を1年の始まり(春分点)と定め、毎年の種まきや洪水の時期などを判断していた。春分点は後におひつじ座のアルファ星ハマルに替わる。

■3■古代オリエントの占星学は今から約4000年前(正確には紀元前約2330年前)に古代メソポタミアで始まり、やがて社会や農業の未来を予測するために必要な暦と共に発達した。この時代は天体観測の起点となる春分点がおひつじ座にあったので、最初のサイン(宮)を牡羊宮(白羊宮)と呼ぶようになった。



■4■この白羊宮時代は(諸説あるが)紀元前170年頃に双魚宮時代に切り替わり、「古代オリエント占星学」は古代ギリシャの思想哲学を取り入れて「西洋占星術」へと変容した。未来を予測する対象も国家や社会全体から、個人の重視・宗教や慈悲への価値転換に伴い、個人の一生や運命へと拡大していった。

■5■ピポクラテス(※3)が「占星術を知らないものは、医学を語る資格はない」と記しているように、当時の西洋占星術は大きな叡智と優れた世界観を有していたと考えられる。しかし4世紀にローマ国教となったキリスト教によって一部で異端とされ、時代に同化して生き延びざるを得ない不遇の時代に突入する。

■6■そして現在は(諸説あるが)1989年以降宝瓶宮の時代に入っていると考えられている。双魚宮時代の特徴である神と悪魔、味方と敵といった善悪二元論を、論理・思考の前提として私たちは自明と思い込んできた。しかしこの人類社会に一時的に必要だった対立二元論的な価値観も昇華変質していくだろう。
 


■7■天王星・海王星・冥王星の発見は、7曜星内で判読していた古典的な西洋占星術は大きな衝撃を受けた。19世紀末〜20世紀初めにかけて、現代の西洋占星術が再構築された。しかし当時流行したオカルティズムから受けた影響を今も残したまま混迷部分を引きずっている。占星学も今新しくなる時であろう。

■8■私は占星術師ではないし、その世界に詳しくもない。しかし傲慢にもずっと占星術は1つ次元を上げるべきだと言ってきた。社会や民族も個々人も、継承すべきものと、訣別すべきものを判別し、実行すべき時は今ではないか。未来に持っていくものと捨てていくものの分別からは誰も免除されていないのだ。

■9■占星術に携わる者ならば、とうにそんなことは知っているし考えてもいるとどやされるに違いない。しかしユーラシア大陸の大きな流れやミトラ教の展開などを辿るだけでも、現今の様々な占星術の立ち位置や出自や変遷を視野に入れて考えなければならなくなる。無知ゆえに口にする愚言もあっていいだろう。

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(※1)春分点が天の黄道を1周するのに要する惑星歳差運動周期(プラトン年=25920年)の1/12、つまり30度移動するのには約2160年要する。
(※2)カルデア人…紀元前10世紀以降にこの地に移り住んだセム系遊牧民の諸部族。紀元前7世紀に新バビロニア王国を建国した。暦を表すカレンダー(Calendar)という言葉は、このカルデア人(英語読みだとChaldean)からきている。
(※3)ピポクラテス…(紀元前460〜同377年)医学の父と言われている。













 

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  • 2020.07.01 Wednesday
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