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交差しない2つを交差させるために



■1■C.G.ユングは「サイン」と「シンボル」という用語の違いを明確に示している。「サイン」は明確に知りうる何らかの概念や物を指し示す。「シンボル」は相対的に不可知なものを仄めかす際に用いる表現である。一般に科学と記号論理学の象徴は「サイン」であり、芸術の象徴は「シンボル」である。

■2■インド哲学でもこれによく似た2つの用語がある。1つは直接知(pratyaksa)で、実体があり5感で認知できる直接的な領域て、覚醒意識の領域を指す。もう1つは間接知(paroksa)で、覚醒している意識では直接知覚できない純粋に知的なもの、霊的なもので、聖人や賢者はヴィジョンで見る。

■3■「Aは非Aではない」というアリストテレスの論理や思考は重要である。と同時に「Aでありかつ非Aである」というニ而不二的知覚・認識も不可欠である。夢の中では主体と客体は不分離であり、複数のものが同一の場所を占有できる。この2つの捉え方の片方に固執せず、双方を繊細かつ意識的に用いること。

■4■神話の構造と、個人的な困難と自己超越の構造、精神異常と新しい世界観の獲得、生物の行き詰まりと進化などはみな同じ構造をていると述べてきた。今は新しい神話創造の時代である。SF世界を超えて超常現象や異世界との交差が、個人レベルでも世界レベルでも始まっていると見ることもできるこの時代。

■5■プレアデス、オリオン、シリウス、そしてそれを外から見つめるアンドロメダ。そのようなもの言いはサインなのか、シンボルなのか?前世はそちらだったのか。前世という表現そのものはサインなのか、シンボルなのか?どちらでもあるのか、どちらでもないのか。繊細かつ意識的に自覚して用いねばならない。

■6■言葉の言わんとしていることを瞬時に理解できる不思議、思いがそのまま言葉として発せられることの不思議。言葉そのものの本質を深く探究しつつ、論理的・知性的な言葉に情緒に満ちた慈愛を乗せ、また直観的・本能的に口から出る言葉に偽らざる叡智が滲む響きを発するための努力を未来に向けて成すべし。












 

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  • 2020.07.01 Wednesday
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