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古代ネットワークと現代の原発



■先日突然道を曲がって訪れた、阿蘇の外輪山にある押戸石遺跡。ここも太陽の夏至と当時の日の出日の入りと関係のある、古墳時代以前の、つまりは聖方位の遺跡に代わる前の太陽信仰の斎場だったと思われる。

■そこにあった研究途中の資料には、これまた訪れたことがある飛騨金山の巨石遺跡が方角として連なっていた。そしてさらにその先には徳川家康が念には念を入れて作らせた東照宮のある日光があった。

■しかしそこまでなら色々ある遺跡や神社や山頂などをつないだ幾何学的な世界であるとして終わるのだが、この方向軸の延長が日本列島のどこを切って海に抜けるのか考えた場合、福島県の大熊町だった。

■さて何か遺跡のようなものはなかったはずだがとよく見たら、そこは福島第一原子力発電所の1〜4号機の所在地、つまり2011年3月12日〜3月15日に亘って発生した福島第一原子力発電所事故の発生地だった。

■何、それ。遺跡ではなく未来にとっての新しい遺跡かモニュメントとしての在りようなのか?単なる偶然である。しかし時空概念を超えた何かを垣間見たような妄想に陥りそうな無作為の作為をそこに見た。



■古代日本の太陽のネットワークでそれぞれ基点となる場所は人が近づけない場所に設定されていたことは理解できるが、思い立って現在の日本の原子力発電所関係の施設を重ねてプロットしてみた。そもそも原発が人の居住地から離れての建設であることは自明だが、それにしても余りにもこのラインに乗りすぎているのではなかろうか?

■そちら関係の研究に当方は現在専念できないので、興味のある人はこのネットワーク格子の西日本への拡張と、そちら方面への原発のプロットもして見て下さい。自然なのか、作為もあるのか?ちなみに縄文後期以降の三輪山中心のネットワークとはかぶっていないようです。プロットし間違いやずれなどもチェックをお願いします。



■アンド、絵ヅラ的にバランスを取るために、全く別の日に撮影したら太陽の光が様々に変化したという、相良姉妹の押戸岩上での舞いの画像を勝手に再構成(^^)。














 

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  • 2020.07.01 Wednesday
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