<< 身体感覚が基底にある言葉 | main | 前泊はウィクリーマンション >>

あなたと私ともののあわい

 

1■それが悪いという意味ではないが、言葉で思考し論理で展開するだけの文字列になぜ魅力がないのかという点についてももっと真剣に考えるべきだ。つまり使っている言葉や思考そのものについてということだ。言語化できない強烈なものに包まれる体験を、ただ言語化しようとするワントリックポニー。

 

■2■例えば多面体をただ思考で理解しようとしても、すぐにトレース仕切れない空間概念や形状認識に行き当たる。取り敢えず試行錯誤するために制作し始めて初めて見えてくることは多い。数の計算をどこまでやっても自分自身から1ミリも離れない。数も形も意識の古層の身体感覚的な経験が基底にある。

 

■3■では思考や実験を放棄してただぼーっとしていれば直感が訪れるのかと言うと、決してそうではない。周囲に満ち満ちた洗脳操作溢れる日常の条件反射に埋没していくだけだ。限界まで思考し、身体を動かすのが好きなものは鍛錬を尽くし、その限界の少し先で訪れる未知に対して丁寧に正対すればいい。

 

■4■思考や論理が劣るという話ではない。直観と直感をしっかり見極めるためにもぜひとも不可欠なものだ。そしてそれを見極めることができたら少しだけ引いて、その先の不連続な体験を切り分けて台無しにすることなく、分を弁えて身体感覚や他者と共有できるものに意識を開く必要があるのではないか。

 

■5■過去の誰がどのように上手い言葉を吐いていたからといって、自分の思考をそれに肩代わりさせるのは、表現者としては楽をしている。思考中はそれでも良いが、その先を言わんとして過去の他者の物言いを安全牌として、もしくは権威づけとして己の論の中に組み込むのは論文だけで充分ではないのか。

 

■6■表現者の思考の流れに沿って読む者。その思考の流れの背後にあるものを感受する者。直接表現者の生き様を掴む者。そして自分の都合よい解釈や甘受をして、上から目線で評価までする者。言葉を控えよう。脳内の思考ならば自動回転から離れてみよう。ものと私のあわいたちを丁寧に味わってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


スポンサーサイト

  • 2020.07.01 Wednesday
  • -
  • 17:14
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする









calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM