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粒食系人間と粉食系人間と

 

■1■味覚人飛行物体ともあだ名される食の冒険家、小泉武夫氏の表現に「粒食」と「粉食」と言う表現がある。粒食とは穀類をそのまま煮炊きして食べることであり、粉食とは穀類を粉にしてから調理して食べることを言う。グローバルな表現では「日本人は粒食で欧州人は粉食」という括りになるのだろう。

 

■2■概して言えばお米をそのまま炊いて食べるのが粒食、小麦を粉にしてからパンにして焼いて食べるのが粉食というわけだ。粉食は小麦に限らない。練って伸ばして麺にするのも、伸ばしてかまどに張り付けて焼くナンも、また米を粉にしてからのビーフンやフォー等も、イタリアのパスタもみんな粉食だ。

 

■3■もちろんこれは二元論的対立ではなく、どちらも取るけれどその基本的嗜好や食仕方の比律に個体差や地域差があるということになる。先日関西人の友人に「私はお米は食べなくてずーっと粉物ばかりで大丈夫」と言われて、自分の中の「日本人は海外に行くと米が食いたくなる」という常識は破綻した。

 

■4■私は毎食ご飯でも問題ない「粒食」派なのだが、それでも普通に蕎麦もうどんもパスタも食べる。家系や地域差や食文化のせいかと考えたが、実の弟が粉食大好き人間だから、嗜好に個体差があるのだろう。それにしても関西の焼きそばおかずにご飯的な炭水化物・炭水化物はさすがに私には無理っぽい。

 

■5■もちろんこれらは人間が自然の一部を人工操作する農業を始めた後の話だが、基本的にお米は暑いところ、小麦は寒いところというイメージがある。しかし日本においてはそれが反転していて、ざっくり東は粒食で西は粉食と見て取れる。例外が多いけれど、味付けの濃い薄いも一応対応しているかと。

 

■6■世界的には粉食系は肉を食べる文化が自然に付随していようかと。日本の粒食系は基本的に肉は食べなくからだ。そして動物の肉の代わりに魚が食べられていた。病気や体質のせいで強制的に変更させられたりしなければ、粒食と粉食の嗜好分布は、個人の一生の中で変化はするのだろうか。不変なのか。

 

■7■あれこれ書いているけれど、これも所詮は粒食系の人間の書く文章だ。粉食系の人の感覚や世界観はまた全然異なっている可能性がある。人間は好きなものを食べる自由がある。しかしその個人の好きなものの傾向自体を自分で自覚して他者との違いを確認しあうのは、案外重要な事なのかも知しれない。

 

■8■粒食と粉食は二元論的ではなく、2者間のスペクトルのどこかに個々人の嗜好の立ち位置があるわけだが、敢えて二元的に捉えて4値に展開してみよう。すると現状の「粒食と粉食どちらもあり」が出て来るけれど、もう1つ「粒食と粉食どちらもなし」という選択しもあることになる。不食…未来的か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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  • 2020.07.01 Wednesday
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