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人間として共に見るということ

        

 

■1■視点、視線、視座、視角、視野、視界、視覚。「視」のしめすへんの元は「示」。新字体の偏は「ネ」。「天が示す天意」の意で神や祭礼について示す。「見」は跪いている人の上に目を強調してあり「見る」の意味。「視」は神の姿を仰ぎ見ることによって示されるので「しめす」の意もある。

 

■2■「視野」とは目を動かさないで見ることのできる範囲のことで、顕微鏡や望遠鏡などでレンズに写る範囲をも意味する。「視線」は直接的には眼球の中心点と見る対象とを結ぶ線のことだが、目で見る方向の意もある。「視座」は物理的なものではなく、見る者の物事への姿勢や立場を意味する。

 

■3■「視角」は対象物の両端と目を結ぶ二直線が作る角度のこと。さらには物を見る立場。視点。「視差」1つの対象を異なった2点から見た時に生じる視方向の差。「視界」とは実際に目で見ることのできる範囲のことを指すが、「視野」とは意識の中で主観的に自分の観察・思慮などが及ぶ範囲。

 

■4■「視覚」とは眼を受容器とする感覚のことだ。広義には事物の色彩・形や、それらの奥行・運動などを弁別・識別することも含む。したがって視覚は光感覚・色感覚のほか,奥行知覚 (立体視)、運動知覚 (運動視) なども包括する。 これらはな基本的に人間の「見る」ということに関した言葉だ。

 

 

 

■5■人間の2つの眼球は顔の前面に左右並んで存在するので、前方方向しか見えず、後方や側方を見る時は通常以下のようにする。(1)眼球を動かす。外眼筋は、私たちの身体感覚の直交3軸方向の2軸を合わせた3種の回転を可能としている。直交3軸の体感は三半器官がそれを生み出している。

 

■6■(2)首を回転させる。自分の後頭部は常に見えないが、空間的な後方はかなり見ることができる。(3)上半身を後方にねじる。いわゆる見返るという状態だ。しかしこれも自らの背中を直接見ることができない。(4)身体の全体をそちらに向ける。タイムラグはあるが、360度の視界は確保。

 

■7■鏡を使うと、自らを回転せずとも鏡を回転させることで全方向の視界を得ることができる。合わせ鏡を用いるとさらに視野は広がるが、奇数枚使用時は左右反転した視界となる。上下方向の鏡像倒置も、そのような眼鏡を制作して生活すれば、数日もかからずに先ず脳が、次に体が慣れてしまう。

 

■8■見ると見えるの違い。光学的な意味を超えた光を発する能動的な「見る」。3次元空間認識的な生活空間を共有している私たちは、物理的制約によってものごとを見る視界を完全に重ねることはできないが、「共に見る」ということで世界を共有する視野を持とうとする意志を示すことはできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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