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猿投(さなげ)という地名を手繰る

 

■名古屋から見て鳥羽は南、犬山は北、猿投は東にある。それが特にどうしたというわけではないが、桃太郎が鬼退治に行く時、きび団子の報酬だけでお供になった動物(鳥はキジだが)の入った地名が3方向にあるのが面白い。そして残る西方向には物語の舞台候補の1つ岡山(吉備の国)がある。温泉の話だが地名の由来を考えよう。

 

■猿投という地名の由来について考えよう。その昔景行天皇が伊勢に行幸した時、飼っていた猿が悪戯をしたので海に投げ込んだところ、鷲取山に逃げ込み、そのことから「猿投山」という名前がついた。猿投神社の祭神は景行天皇の第一子「大碓命」(オオウスノミコト)で、日本武尊(「小碓命」オウスノミコト)とは双子の兄弟だ。

 

■オオウスは景行天皇に美濃の美人姉妹を都に呼び寄せる命を仰せられて出向いたが、二人に惚れて結婚してしまう。替え玉を都に送ったがばれてしまって激昂される。また父景行天皇に蝦夷征伐を命じられたが気が進まずに辞退した。結局代わりに日本日本武尊がその任を任されてしまい、オオウスは天皇によって美濃に封じられる。

 

■美濃の地ではオオウスは真面目にやっていた。しかしある時三河の猿投に出向いて来て、毒蛇に咬まれて42歳で死んでしまう。…まるでいいとこなしのダメンズっぽいが、案外争い事が嫌いで美女が好きな優しい好男子だったかもしれない。上述の猿は人間に化けて東征し、功を上げて山に戻ったと言うが、オオウス本人かもしれない。

 

■名前の由来で別の解釈もある。銅鐸に似た鉄製の鉄鐸というものがあるが、この読み方の1つが「サナギ」で、真城、猿啼、猿毛、佐鳴などの漢字があるが、「猿投」もその1つだ。「狭投神社」と記された記録もある。オオウスは大田君(おほたのきみ)の始祖でもある。実際に豊田市の猿投神社を訪れると、その古さが実感できる。

 

■ところで『先代旧事本紀』と『古語拾遺』が記す「天岩屋戸」の記述の中に、天岩屋戸に籠った天照大神を招きだすため、天目一箇神(アマノメヒトツカミ)が種々の刀・斧・鐡鐸(さなぎ)を作り、天鈿売(アメノウズメ)が鉄鐸を付けた矛を手に持って樽の上で踊ったと記されている。鉄器、一つ目、山の民も猿投との繋がりが見えよう。

 

■さらにアメノウズメは猿女でもあり、一緒になった界面の主神でもあり、ミシャグジとも関係がある猿田彦との繋がりも猿投は有りうるかも知れない。美濃・尾張は伊勢神宮成立以前からの先住の強大な勢力であり、諏訪等と共に神道以前からの神霊・ミシャグジの世界観とも大いに関係がありそうだ。フイールドワークもまたいずれ。

 

■現代におけるミシャグジの顕現としてのBABYMETAL、脊索動物の進化過程における上陸と水際に立つミシャグジ、胎児と胎盤の関係から誕生時の次元両生類としての不可避の反転、そして誰でもミシャグジを自らに重ねて今の生を生きるには…などという話は、またおいおい別の機会にすることにしよう。尾張の地の解明はこれからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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