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生命の多様性と社会の領界

 

■かっこよさげなタイトルにしちゃったので、内容は砕けよう。「嫁と畳は新しい方がいい。」これは江戸時代の普通の言葉だが、新しいだけでなく、若い(もしくは年齢差が大きい)嫁さんと再婚、もしくは法律的婚姻と言う意味ではなく、パートナーシップ的な意味で、新機軸にシフトした友人知人が多い。

 

■半田コーセン氏、るしえる兄ぃ、河村詩人、他界してまったTOSHIさん、その他にも少なからずいるんだけれど、今度はダメ押し的にましましさんも、私の脳内ではこのグループに挙手参入した。年齢差がある熟若のケーズで、男女が逆のパターンを余り知らないのは、社会的というより生物学的なものかな。

 

■その前段階として、前のパートナーと道を異にするフェイズにもおそらく色々なケースがあって、相手を激怒・錯乱させた人もいれば、スマートに分かれた人もいる。そして当方の知らないところでの出来事に関しては、勇気がないので直接どうだったのとかは聞けないまま、新しい嫁さんとは仲良くできる。

 

■昔は新しい嫁さんと仲良くしつつも、かつてのパートナーのその後を知らされないまま、直接眼前で仲良く幸せそうな二人を見ながら、少しだけ悲しい思いをしたこともあった。今はもうそれすらも独りよがりで、別の道を行く人の人生と生命力を信頼して、傲慢にも不憫がったりすることは失礼だと考える。

 

■「うーん、そうするとそろそろ今度は私の番だなー」と私が言うと、愚妻が「そーするとまろちゃんは10代の娘とだね。ましましさんもひと段落したら、くっそー、10代の娘かーっ、まろさんにちょっと先を行かれちゃったかーって悔しがるんじゃない?」とのたもうた。何だよ、それ。ロリコンじゃねーし。

 

■大体10代だとよーく判別しなくては法律的にヤバいことになる。いや、法律はどうでもいいんだけれど、愚妻の前でしゃあしゃあとそんなことを口にする自分の場合、個人的には既にエネルギーが切れかかっているので、そのようなことはないだろうから口に出来ることでもあるな(笑←ちょっと弱々し気に)。

 

■こんなふうに書いたけれど、私はまた街中で元は一緒にいたけれど、今は別々の人生を生きている友人・知人に会った時、変な気を使ってなおさら気まずくなったりすることなく、普通に「久しぶり、元気?」と挨拶したいし、必ずそうするつもりでいる。人間はどんどん先に進む。死ぬまで愉快に生きよう。

 

■パートナーシップという軽々しい言葉にも多様性があるわけで、袖触れ合うだけでも生命の交差という激レア事なんだから、個人的な意識・無意識・情動・不明な感情も含めて、共にいる人、かつて共にいた人、そして未来に共にいる可能性のある人(全てだ)に対して、敬いと慈しみを忘れずに存在したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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  • 2017.08.12 Saturday
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