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ちょっとばかし未来の方向を探るシリーズ(4)

 

■1■家父長制家族成立以前である古代の結婚は、「対偶婚」であった。基本的に1人の妻に1人の夫の関係だが、それは必ずしも配偶者以外との性関係を妨げるものではなく、当事者の気の向いている間だけ継続したのである。男女の関係は平等で、共に自分の恋愛・結婚・離婚を自分で決めることができた。

 

■2■現今の結婚は単婚(一夫一婦制)であり、一見現在の状況と同等のように見えるが、古代ローマ・古代インド・古代中国から続く家父長制と共に導入された律令制に始まり、次第に男女の対等性が失われて行き、やがて妻の性が夫の管理下に置かれ、もしそれが破られると社会的制裁の対象へと移行した。

 

■3■この移行は貴族・豪族層では9世紀中葉から10世紀初頭に為され、一般庶民の間でも12世紀初頭には単婚に変わっていったと考えられている。その結婚関係が永続することを前提として、煩雑な儀式によりその開始が社会に公けにされた。女性からの求婚は社会常識に反するものと考えられるようになる。

 

■4■これに仏教的な女性罪業観が色濃く加わり、財産権は家父に一括管理され、嫁もまた子供や奉公人その他と共に管理される対象となり、離婚は男性側からのみが可能となった。10世紀以降文献上で急激に増加していった、女性に対する物品視と略奪、強姦と買売春は、現実でも同様であったと考えられる。

 

■5■新しい歴史学である「女性史」は、20世紀後半になってようやく1つの視座として広く認識されるようになってきた。しかし他国とは背景が異質な日本の古代における研究はまだまだ進んでいない。抑圧されてきた女性の権利の拡張と解放を主張するフェミニズムが近代に始まり、様々に多様化してきた。

 

■6■政治参画・労働・教育・宗教・性意識など様々な領域での女性解放の主張と運動があり、相互対立もしながら現在に至っている。古代研究家・関口裕子は「男女対等性の上にしか、当事者同士の本当に望ましい恋愛は開花しない」と言う。確かに日本古代と比して、現代がより幸せであるとは言いがたい。

 

■7■だからパラメーターとして上げた日本古代の生活や意識に戻ろうと言っているので全くない。現今では寿命も人口も政治形態も世界観も常識も、もはや古代とは比べ物にならないくらい複雑で多様性を呈している。男性そのものが萎えてきてはいるが、まだ社会は男性管理主義であることに変わりはない。

 

■8■少しずつ女性の権利や地位が向上してきたけれど、現実はまだ改良の余地だらけだ。中でも一番厄介なのは、長きに渡る男性管理社会の中で、女性の自我が、現今の社会に置ける安心・既得にすっかり馴染んでいる部分に目を向けない点だ。例えば一夫一婦制というものとその未来方向の代換案について。

 

■9■日本の古代人のように、またはある種の動物達のように、飽きたらそのままただ別れれば良いという問題ではないと同時に、離婚訴訟や財産分割に有利なように訴訟を進めるとか、その法律自体を根本的に変えればよいというわけでもない。そこに思いやりのある新しい未来を見る余地があるのだろうか。

 

■10■出産率減少、老人社会化、若者の結婚離れ、生き甲斐喪失、放射能その他の環境問題など、ただ先細り死んで行くような社会的ありよう。それでもかろうじて残っている日本人的な美徳や思いやりの精神を根こそぎなくされる前に、自らとそして他者と共々のブレイクスルーを真剣に考える必要があろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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  • 2020.07.01 Wednesday
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