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ちょっとばかし未来の方向を探るシリーズ(4)

 

■1■温故知新。古きを訪ねて新しきを知る。自らの過去の日記や記録を読んで、将来へと繋ぐ糧とすることができる。これはまた歴史をよく捉え直して現在を鑑み、未来を創出することにも通じる。学業のための棒暗記や、民心誘導の歴史ドラマ鑑賞を離れて、正当な研究を踏まえた過去を知ることもできる。

 

■2■古代インドに侵入したアーリア人がカースト制度と共に持ち込んだ家父長制による性倫理では、紀元前後に成立した『マヌ法典』に詳しい。それによると女子における初潮期前の結婚が勧められ、結婚前の処女性と結婚期を通じての貞節が要求される反面、男子には多妻婚と妻取替えの特権が認められた。

 

■3■古代ローマの家父長制について、大カトー(前234〜前149)はこう言う。「夫は妻を裁く。その権能は無制限であり,全く家長の欲するがままに行使することができる。妻が過ちを犯せば夫は懲罰を与える。彼女が酒を飲めば彼は処罰する。もし彼女が他の男と通ずれば,彼はたちどころに彼女を殺す。」

 

■4■古代より父系社会で家父長制も発達していた中国では、妻子は奴隷と共に家長の所有物であり、女性は政治の世界から締め出され、財産権もなくその地位は低かった。7世紀末〜8世紀初頭の日本は、その男性優位の家父長制の思想に貫かれた中国の制度や法を手本に、最初の律令国家を成立させていた。

 

■5■しかし日本ではそれにもかかわらず、母権制の地であったこの国では共同体における男女平等の土地占有権や、祭祀への参加権を持っており、少なくとも10世紀初頭までは男尊女卑思想や女性蔑視の考え方が存在していなかった。しかしその後は社会が、夫が妻を従属させる非対称性の一夫一婦となった。

 

■6■10世紀以前の女性の地位を結婚問題で見てみよう。父権社会とは対照的に母権制社会では、女性の意志が尊重されており、女性が男性に求婚するのが普通であり、その逆は無作法とされる。性的結合もまた相互の合意、特に女性の承諾を前提にのみ行われていた。基本的には売春も、強姦も無かったのだ。

 

■7■同時に離婚に対しても、女性は自らの意思で行う権利を有していた。中国では男だけに与えられていた口分田班給も、この国では女性は男性の2/3を与えられていた。この差は労働力の差による実質的平等であり、男女差別ではないと考えられている。自らの財産を祭りごとに寄進する女性も存在した。

 

■8■古代の結婚をそのまま現代の概念と重ねると齟齬を来たすだろう。現今の結婚は単婚(一夫一婦制)だが、その前の当時は「対偶婚」であった。それは基本的に1人の妻に1人の夫の関係は成立しているが、それは必ずしも夫以外の男性との性関係を妨げず、当事者の気の向いている間だけ継続するのだ。

 

■9■しかし10世紀以降の家父長制の展開は女性の隷属化を進め、その地位は徐々に低下して行った。『日本霊異記』(822年頃)には見られなかった女性の意志に反する性の略奪や、女性の性具化・商品化、さらには仏教的女性差別観などが、12世紀初頭に成立した『今昔物語』には複数散見することができる。

 

■10■この文字列は現今の状況を鑑みて、未来を作りだすためのパラメーターの1つとして記しているのであり、日本の他国に対する特別視でもなければ、この時代に戻るべきだという賛美でもない。しかしこの10世紀初頭までの世界に類を見ない、日本女性の在りようについては、さらに見ていきたいと思う。

 

()参考/『日本古代女性史の研究』(関口裕子著)塙書房刊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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  • 2020.07.01 Wednesday
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