<< 岳温泉「ヘルシーパル二本松」 | main | 湯野上温泉の「共同露天風呂」 >>

スポンサーサイト

  • 2019.08.22 Thursday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


飯盛山の白虎隊と会津さざえ堂



■駅からすぐの「観光荘」をチェックアウトして、7時37分猪苗代発の磐越西線会津若松行きに乗るために、霜の降りた朝の冷気の中をJR猪苗代駅に急いだ。ゆうべの18時24分に駅に着いた時はもう駅前の店は全て閉まっていて真っ暗だった。宿に辿り着けるのかと不安に思うほど足元すらも見えなかったので、駅前の景色は初めて見るに等しかった。いわきより朝の空気もぐんと寒い。

■「観光荘」は直前予約ができるネットのページを利用した。宿泊代金1人2520円に840円加算するというシステムだったが、それでも1人3340円で済んだ。素泊まりにしたのは食事の時間に間に合うか分からなかったからだが、ただそのために近所に食事どころを求めて夜の猪苗代をかなり彷徨った。本場喜多方ラーメンの支店を発見した時は、甲田氏も思わずスキップして喜んでいた。

■青空に映える会津磐梯山を振り仰ぐようにしながら電車に乗り込むと、通勤通学用なのかとゅ雨天まで下車する者はほとんどいなかった。途中で見る見るうちに濃い霧が出てきて青空と磐梯山はかき消され、紅葉と残雪のシルエットすらも白い闇の中に埋もれてしまい、8時08分に会津若松に着いた時にはあたりはまるで怪奇映画のように先の見えない不安な世界になっていた。



■予想していなかった粋な舞台設定だと思ったが、どうも当地ではこのような濃霧は珍しくないらしい。最初の目的地は徒歩で30分位の飯盛山である。朝はまだ早いので、先ずは歩いてみることにした。ほぼ直線の道なのだが霧でフェイドアウトしていて、進行方向も距離感覚も分からず不安になる。前方から突然現れた通学する子供たちが、まるでゾンビのように見えてしまうほどだ。

■それでもどうにか辿り着き、私が会津訪問の第一目標だった「さざえ堂」に行ってみた。猪苗代湖に通じている地下水路から懇々と水が流れ出ている穴の横を通って階段を登ると、目の前にそれはあった。以前からその上りと下りが全く別の通路になっている六角三層の構造は本などで知っていたが、ただの知識と実際に訪れてみて、外から眺め内に入って上り下りするのとでは大違いである。

■会津さざえ堂は1796年に建立された。高さは16.5メートルあるが、イメージしていたより実物は小さい感じがした。かつて飯盛山には正宗寺というお寺があったが、明治になって正宗寺は廃寺されてしまい、今はさざえ堂だけがぽつんと残っているからだろうか。かつては西国三十三観音像が安置されていて、このユニークなお堂を上り下りすることで三十三観音参りをしたことになったらしい。



■甲田氏はこの後、せっかく来た行きがけの駄賃だからと「白虎隊記念館」に入っていった。この飯盛山は戊申戦争の時に、会津藩の少年達を集めて結成された白虎隊の中二番隊が、戦いに敗れて撤退する際に炎上する武家屋敷等を見て鶴ヶ城落城と錯覚して自刃した地でもある。この悲劇をかようにまで永きに渡って悼み続けるのは、正直なところよそ者だからだろうかよく分からない。

■この後バスに乗って会津若松の奥座敷である「東山温泉」に行くつもりだったのだが、その後の時間調整がうまく行かないので再訪時に回すことにした。朝とは別の霧が晴れた世界を再び歩いて会津若松駅まで戻り、そこで西若松にあるという「幽霊の墓」などを見に行くという甲田氏といったん別れて、私は会津鉄道で湯野上温泉に向かう。また必ず訪れるであろう会津若松。

(on 20081126)

スポンサーサイト

  • 2019.08.22 Thursday
  • -
  • 00:00
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM