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  • 2024.01.09 Tuesday
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kin140:黄色い惑星の太陽の651回目の満月



■今度の2月2日はドリームスペル暦ではKIN140:黄色い惑星の太陽である。私の銀河の紋章の日であり、いわゆる銀河の誕生日というやつだ。ところでこの日は満月である。私のグレゴリオ暦の誕生は5月18日だが、生まれた時は満月だったという。他者にはどうでもいいことのようだが、まあ翌2月3日が節分であり、さらに次の日の2月4日が立春なので、全く無関係な話ではないだろう。

■52年で農耕暦ハアブの365日が52周し、この18980日の間にちょうど神聖暦ツォルキンの260日が73ラウンドしてシンクロするというのが時間共時性を大切にするマヤン的な発想なのだが、ここでは閏年…つまり1年=365.2422…日の端数の集積日は考慮の外にある。これもカウントすると52年は18992.7044…日となるけれど、まあ個人的には29.53…日の満月周期と260日のツォルキンの位相が同期する日なのである。

■それにしても前世紀の最後の10年の間にいろいろと数と形について考えたものだが、月と地球と太陽の三重の関係を神秘学的に語る人はいたけれど、数字的になにか美しい関係で納得できないものかと思っていた。ある日何気なく端数切捨ての感覚で地球の太陽に対する公転周期(1年)365日と、月の地球に対する公転周期27.4日を掛けてみて驚いた。1万と1日…つまり10000+1日になったのである。美しい。



■正確には地球の1年は365.2422…日、月の公転周期は27.321…日なので、その積は9978.782…日となり1万日には少し足りない。美しくない。ところで地球は1年の間には、銀河恒星面に対して366回自転している。1日減るのは地球が1回太陽の周りを回るからである。そこで今度は地球の1年の間の自転数366と、月の自転周期27.321日を掛けてみた。すると今度は9999.486日となった。端数切捨てだと10000−1日である。

■当時は地球−太陽の関係と、地球−月の関係をシンプルに掛けたら地球を介して月と地球の対化が等化したと一人騒いだ。また暦の問題でも「世界暦」「銀河暦」と考えていき、結局反転して「自分暦」というところに戻って来ていたのだが、自分が生まれてから27年と4ヶ月と18日経てば、生後10000日目となるという当然のことに気付き、周囲の人たちにその日を普通の誕生日以上に祝って下さいと言いまくった。

■7年ごとに人間はその成長のフェイズを変えていくという考え方は、いろいろな人が言っている。そしてそれが4つ積み重なって28歳になったら、親や環境に左右されず自らの意志で人生を変えて行き得るというわけだ。「神仏の1日は人間の1年」という表現や、占星術の「1年1日法」という考え方もあるが、私はこの13の月の暦とも相性の良い考え方を、もう少し細かく生後10000日独立説を考えてみた。



■話し出したら切りがないので、今日はこのくらいにしておくけれど、2月2日はどうも満月生まれの満麿の650と1回目の満月らしい。満月麿の満月暦というわけだ。ダジャレらしい。つまらない。高橋トール氏の本「月の28相」の中では、満月生まれは「独裁者」といって余り人のことをよく聞かないキャラらしいので、自分のことをめるい俎上に載せてのたわごとはやんぬるかなと勘弁していただきたい。

■2月3日は節分だけれど、ツォルキン上では中央の調波走行が終わり、右側半分の120キンへの突入でもある。そして2月4日は立春だ。キン141〜260までは右脳左脳の対では左脳に、また大地と天空の対比では天空にも比せられる。何かが変わる気がするけれど、それは外部だけからではなく、自ら変え行こうと思う内部からもやってくる。実は内部が外面で、外部が内面で…。いやこの続きはまだ後日。

見る事はまた思い出す事でもあるわけで



■島田陽七の書いた佐賀のがばいばあちゃんシリーズに対しては、個人的には高評価をしているのだが、その頃の日本の風景や人間模様に影響されたらしいうちの嫁さんが、自分のmixiの日記に「銀座の恋の物語」とか題して私の両親の馴れ初め話周辺のことをリークしてくれている。出てしまったものを引っ込めろというわけにも行かず、脳内立ちくらみ立ち往生状態で居ても立っても居れずに、腰痛も手伝ってこの件に関しては人生中腰のまま静観するしかないのであろうか、なかろうか。

■自らの過去を語るには早いと思いつつも、マヤンの計時システムでは1ラウンドしてリセット状態に入ったわけだし、何でも有りかと思い始めた今日この頃である。さて父親はもう他界しているので聞き正すこともなく、母親と息子の関係では自分がまだこの世に存在する前の両親の在りようなどを問うようなことは照れ臭くてするはずもないので、そのあたりのことはしずしずと知らぬまま歴史の荒波の中の小さな波として意識に上ることなく消滅していくものだと個人的には思っていた。

■しかし私の母親は嫁さんのことを気に入っているらしく、私の知らないその遥か昔のことなどをこと細やかに話すのである。私のいないところでもいろいろと話しているらしいのだが、私も同席している時などでも「えーっ、そんなこと知らなかったよ」と椅子ごとのけぞってしまいそうなことがかなりの密度で語られている。幸い(?)居住地が離れているので、未知なる膨大な過去ストーリー伝達の頻度は限られているけれど、外の歴史の書き換えと同様、内面史書き換えも必定である。



■子供の頃の記憶には刻印されなかったり、欠落して久しいような私の周辺に生起した過去の諸事。それは長編物語で次々と後に追加されるサイドストーリーによって本編自体が少しずつ変わっていってしまうような効果を生んでくれる。そこで私としては、ただ語られることを受身で聞くだけではなく、それによって能動的に失念していたさらなるサイドストーリーをも想起してしまえという姿勢が立ち上がってくる。個人的特性ではあろうけれど。まあどうでもいい内面的葛藤ではあるが。

■それにしても視覚が現実構築に多大な要素となっているという現実は、昔のほんの一瞬の光を2次元的に切り取ったわずか数葉の写真を目の前に出されることによってこちらが大きく変容するという事実からも納得せざるを得ない。いわゆるセピア色の光とその不在が残したものの上に、昔を思い出させるリアリティの断面の影の影があって、その時の空気や匂いすらも想起・再現させるのである。そこに自らと同一性を認めざるを得ない幼きものが認められる衝撃。記憶とは何であろうか。

■二昔前であったならば、「こぞおととしの雪やいずこ…」などという感慨の方向に意識を伸ばしたことだろうが、「これは明らかに私なのだけれど、同時にもはやとうに私ではない」というような感覚と共に、ネット上に流れ出たものであれば、さらにそれを拠り所としてもっと自ら画像なりともリークしてしまおうというのが今の私の奇妙な立ち位置なのである。それは他者の意識の中にもその人なりの「何か」を浮上させるであろう。できればポジティブな姿勢でそれらを楽しみたい。

■そういうことで画像は過去の呪縛思念ではなく、現在の自爆行為でもなく、忘れかけている自他の心の中の諸事を今一度想起させるための酵素のつもりでさらさせてもらうことにする。いつもながらではあるけれど、笑うなりパスするなり、自らの内に自らの相似記憶を立ち上げるなりしてくださいませな。

■笑顔で生きなさい…。久女さんはきっと幸せだったのだ。…え、まだ死んでいない?ヤバいっ!

世界という自分の中で生きる平衡感覚



■先日夜道を歩いていると、近所に生息していた野良猫が久しぶりにひょろりと姿を見せた。カバンの中に入っていたキャットフードの残りを、お供えよろしく道端のコンクリート上に置いてからまた歩き始めた。振り向いて見ると、その黒いチビ猫は闇の中でガツガツと食べていた。その昔、全ての野良猫のことが心配で心配で、朝までずっと眠れない夜があった。少しはおかしい精神状態だったのだろう。心配なんてしなくても、どこかでみんなちゃんと生きており、死ぬ時はやはり死ぬのである。

■世界中のいたるところで、今この瞬間にも自分の知らないところで多くの少女が処女をなくし、また明確な自我のないうちに成り行きから犯されているのだと考えて、居ても立ってもいられなくなった時があった。今ほどネット上に女の裸の画像や動画が溢れかえっていない青少年の頃の話だ。全ての異性を直接愛することはできないのだという現実への絶望感。明らかに正常ではない精神状態ではあるが、絶望すらする必要がないと分かった時は、自らの立ち居地がやや明確になったものだ。

■苦手なのでそう足は運ばないけれど、スピリチュアルと銘打ったイベントなどでは、奇妙な笑顔をしたまま頷いたり批評をしたりしている人たちを見かける。「うんうん、もう少し頑張ればいいところまで行くに違いない」とか、「私も似たような経験があるから分かるけれど」というのだけれど、相手より少しでも霊的に上でいたいし、いるはずだという霊的なエゴ。大きな勘違いであることは一目見れば分かるのだけれど、分からないのは肉体だけでなく霊体までもの裸の王様ただ一人。



■選挙運動や街頭演説や集団陳情その他の、様々な自分達の利権や正当性を主張する諸行為は概して見苦しい。たとえその中に正しいものを内包しているとしても、拡声器を用い、半ば平静な意識を失ったままの絶叫気味の主張の声や見栄えは醜い。もっと洗練されて効果的な表現方法はあるはずだ。凡庸な政治家の愚にも付かない弁明の不快さ。もう少し聞く者の側に立って表現した方が好感を持たれ、効果も倍増するだろうに。イマジネーションがないと、ひとりよがりに陥る。

■できるだけ他者の苦労を減らし、楽をしてあげようという思いすらも、時には他者の努力の機会を奪い、労苦よりも快楽の人生の方が自分には合っているのだと思い違いする手助けをしてしまうこともある。もっと頑張ってくれれば、もっとこちらが理解しやすい表現になってくれるはずだ。それまではこちらはこちらで自分のことを精一杯頑張ろう…なら良いのだけれど、その余暇を快楽を求め、怠惰を自らによしとする生命傾向を高めるためのものに成り下がらぬようにしなければならない。

■他者に良かれと思うことは良いことだ。しかしよかれと思ってやったことが効を奏さなかったり、相手に拒否されたりして激昂したり自らを哀れんだりしたとしたら、最初からその立ち位置と姿勢を自己確認しなくてはなるまい。世界を幸せにするには先ず自分から。アメリカの飛行機会社の安全注意事項はこう言う。「お母さんは酸素マスクをお子さんの口に当てる前に、まずご自分の口にお当て下さい。」いざという時に自分が意識朦朧としていては共倒れだ。自分も大切な生命体なのだ。

■笑顔で生きんしゃい…。がばいばあちゃんはきっと幸せだったのだ。

差異と反復の界面活性剤は意識そのもの



■1991年の1月上旬、友人の半田コーセン氏はロンドンの大通りで「すみません、質問していいですか。ハイパーハイパーに行くには…」と通行人に道を聞いた。みんなでソールズベリー経由でストーンヘンジに行くことになっていた前日のことだ。可愛いティーンエイジャーである3人の姪っ子を引き連れて、博多で体得した英会話と度胸で立派にコミュニケーションをとっている。

■私はその時初めて、「質問してもいいですか?」というセリフそのものがすでに相手の選択以前に質問しているのだというパラドクスに気がついた。そして同時に彼が質問しても分からないことは、自らのうちに分からないまま自らを保つすべを知っていることにも気がついた。自らも推理し、そして自己責任で判断したことに自信を持って進み、不安な時をしっかりと耐える意識。

■チャネルという表現をされる意識状態とその情報がある。現れ方は様々だが、彼は決して次から次へと問いかけ、自分で推理したり判断したりしなく手も良いような分かりやすい答を求めたりはしなかった。いや、もう少し分かりやすくとは常に望んでいたとは思うが、決してくじけたり放り投げたりしなかった。「なぜそんなに?」「だってこれ以上に面白いことはなかもんね。」



■2007年の1月下旬。彼は最近のブログで「差異と反復」というタイトルで最新のヌース理論の内容をシリーズ解説している。私は昨日、その10回分の内容をまとたものを使用して、名古屋・鶴舞でのメタトロン・レクチャーの後半に、みんなで意見を言いながら一緒に見ていくということをした。ヌース理論を提唱者抜きでこれだけ真面目に論じ合うという機会はありそうでなかなかない。

■チョコボ氏が体得していたものが、3年ほどヌースレクチャーが行われていないうちにバージョンが古くなっているということも分かった。ヌースは理論自体の本質は変わらなくてもその表現方法が変化していくということはよくある。何も知らないところから新しいバージョンを知る方が、その都度バージョンアップしていくよりも楽だったけれど、さらなる変化もあるやも知れぬ。

■このレクチャー&プレイの前半部分は、今やっているエノクの鍵の翻訳の背景ともカプるのだけれど、いわゆる日ユ同祖論的な世界観の最新バージョンを共に見ていった。これには大きく分けると3つのパターンがある。ユダヤから日本人が流れてきたといい説、同祖からユダヤ人と日本人が出たという説、そして日本からユダヤ人が出たという説だ。どれも学説にまではなっていない。


■今年に日本神道の方から新しい情報が出てくると言う話や、この2月からイスラエルの公共機関が日本人とユダヤ人のDNAを科学的に比較してそのつながりの有無の調査を大々的に行うという話、そして宮内庁に抑えられていた諸処の遺跡と研究からも情報が発表されるのではないかと言う期待なども鑑みると、思いもかけない方向に話が展開していくことが全くないとも言えないだろう。

■ところでハンダコーセン氏は、今後10年程の間に人間の空間認識に反転認識が生まれ、人間が所持しているモノ概念があとかたもなく解体していくことになるだろうと考えていることを明言している。私もまたこれ以上面白いことがないので、今やっていることをやっているつもりだが、無視することもなく、はまり込むこともなく、独自の視座からいろいろと見詰めて行きたいものだ。

■今後も日ユ同祖論やヌースワールドをまた見ていこうと思う。今日はここまで。

見る者は見ることで見る自分を見る



■目は口ほどにものを言い、また目は心の窓などとも言いますが、最近では目と目の間の眉間やまなじり部分を見て、ああこの人は意識がしっかりしているなあとか、超常的なところまで含めた世界の見方をしているなあなとか、霊感体質系で人とは違った感覚を持つ人だなあ…などとも思いながら人の顔を見ている。好ましい顔、不快な顔というのも、決して全てその造作だけに左右されるのではなく、むしろその表情や表情の力積ともいえそうな人相に大きく影響されると感じている。

■「オーラの泉」は嫁さんが大好きで毎回欠かさず見ているので、私もなかなり見ていることになる。この間の「オーラの泉」では真鍋かをりが出ていたのだが、彼女の目の辺りもまた明らかに普通ではない印象を私に与えた。私も見えないものを見、聞こえないものを聞くタイプの美人女性を知っているが、真鍋かをりのその眼差しもまた造作ではなくよく似た印象を受けた。表情とも人相とも異なる相似なのである。友人の占星術師るしえる氏なら、霊性が似ているのだとでも言うだろう。

■視覚は人間の情報収集の80%以上を占めているという話を聞いたことがある。数値はどのように出てきたのか知らないが、確かに見るということは生きていくうえで大きな動因となる。「人のなり見て我がなり治せ」とは言うけれど、イマジネーションがなければ相手の気持ちや苦痛なども分からない。そこで美輪明宏は「わが身をつねって人の痛みを知れ」と口にしてくれた。イマジネーションのない者が他人の気持ちやを理解できなくて事件を起こすというのは、全くその通りだと思う。



■人の顔は情報を伝える、あるいは情報そのものだというようなブログを書いたことがあった。人のちょっとした仕草や面差しから喜怒哀楽を感じ取り、また共感できると言うのは日本人の美しい特性の1つだったと思われるが、現今では子供や若い人たちに滑らかにその美徳が繋がっているとは言いがたいのが残念である。というより、我がなりを正してみると、私は自分自身が人の気持ちをそのようなことを言う資格がないほどなまくらに鈍っていることに気付く。磨かねばならぬ感性部分だ。

■真鍋かをりという名前はかろうじてどこかで聞いたことがあったが、顔と名前が一致したのはこの時が初めてだった。ブログの女王だと言うことすら知らなかった。恵まれたナイスバディではあるけれどフェロモン放出系ではないと美輪明宏は指摘すると、自分でもその通りだと思うと言っていた。世の男達はみんなおっぱい星人だから…と美輪さんが言った時、司会進行的なスタンスの賢い国分君が代表して謝っていたけれど、私もまだまだ見た目で判断する煩悩系ヒューマンだと自覚した。

■人と会ってその顔を見る時、以前のようにある程度の時間をかけて付き合い、その経験の総体からその人となりを判断したり未来を類推したりするのではなく、今や瞬時にその多重の情報を捉え、直観的に相手の本質を見抜く必要があるような時代だ。人と会ったら即座にその人の全体と今の瞬間を把握するのだ。狂信的でなく超常的でもなく自然に瞬時に。もちろんハウトゥーで教えられるものではないけれど、人はみな本来その能力は持っているはずだ。そして磨かねば鈍るものでもある。



■見るということの至福。見たくないからと言って自らも目を閉じたり潰したりすることもなく、見えるものの中から素晴らしいものや美しいことを見るということは、それ自体が心地よく楽しい。現実や背景から目をそらすのではなく、見えるものをできるだけ真正に見よう。人は見るべきものを見る。もちろん時にはオッパイ星人になって、しばしふくよかな胸を眺めいるのも悪くはないではないか。…あ、えーと、「しばし」ではなくて、少し長めに「しばらく」くらいにしておこうっと。

■ああ、煩悩っていいなあ。そこにすらも霊性があるのだ。

熱海温泉「日光亭大湯」で立ち寄り入浴



■先日『超ねこ理論』という猫の画像にマンガのフキダシを付けて作った短い話を集めた本を、ナチュラルスピリット社というとても良心的な出版社が出してくれた。その出版記念パーティーまで銀座でやってもらい、内輪ながら気心の知れた友人たちが参集してくれた。何と言うのだろう、あの疑心や打算のない有り難い空間は。気兼ねもなく装いもなく、思いやりと親しさに満ちていた。無駄なことに思考やエネルギーを使わなくても良いならば、世界とはかくも健やかに心地良いものなのだ。

■私はああ、これが未来のありようなのだなあと思った。様々な世界観があり、そしてそれに即応した現実と言われるいろいろな別の世界に分かれていくのかもしれないけれど、私の選択している未来はこのような空間なのだと考えた。敢えて他者のことを心配したり思いやったりすらしなくても良い時間。企画してくれた人、集まってくれた人、寿いでくれた人、遠くから喜んでくれた人…。ズボラながらここにてまとめて感謝の気持ちを素直に表わしたい。また必ずやるからどうぞ宜しく。

■翌日東京から名古屋に帰る途中に、本当に久しぶりに熱海の温泉に立ち寄った。バブル以前の昔から比べるとドンチャン騒ぎの団体客が引き、閑古鳥が鳴き、古きは潰れ、試行錯誤の末に新芽のように新機軸を打ち出す大小の宿があるようだ。相変わらずお湯は力強く湯量も豊富なのだから、脱中央管理システムで全く新しい企画を打ち出すわけにはいかないのだろうか。さてこの日は着いた時がもうお昼だったので、旅館で昼食付きの休憩温泉というコースはもうなくなっていた。



■駅前の観光案内所で立ち寄り温泉をやっている宿を集めたパンフレットをもらい、実際にどこがいいでしょうと若い案内嬢に尋ねたけれど、職業柄なのか「それは答えられません」と正直に言われた。さればとタクシー乗り場で温泉案内をしている中年男性に立ち寄り温泉で食事もできて、ごろごろうだうだとできるところはありますかと問うたら、それなら「日航亭大湯」がいいと教えてくれた。タクシーに乗って1〜2メーターで坂の上に大湯はあった。名前の通りの源泉の出所である。

■奇妙な石のアーチを横目に入り口を入り、下駄箱に靴を入れてからフロントへ。タクシー乗り場で貰った割引券で1人900円なりの入浴料だ。早速簡単な食事を注文して休憩室で食べた。窓ガラス越しに冬の小雨に濡れる庭が見える。昔は旅館だったらしく、休憩室も4部屋を吹き抜けの造りだ。他にもたくさん部屋がある。肝心の温泉は浴槽が男女で日替わりのシステムらしい。今日は男風呂の方の露天が小さかったが問題はない。自噴泉のかけ流しで染み入る感じですこぶる良いのである。

■お湯はナトリウム・カルシウム塩化物泉。舐めるとしょっぱい。昔で言うところの食塩泉で体が暖まる。平日の昼下がりでしかも雨気味のこの天気だからなのだろう、お湯は貸切状態である。普段はもっと混んでいるのだるう。湯温は98.2度Cとかなり高い。湧湯量は特に多いわけではないが、平成5年の温泉分析表では46.5リットル毎分だったものが、16年の分析表では65リットル毎分と増えている。pHは8.0で変わらずだが、温泉成分総量も9,033mg/kgから9,198mg/kgへと微増している。



■以下の1kg当たりの成分データは平成16年のものだ。陽イオンはナトリウムイオン3455.1mg、カルシウムイオン1121mg、カリウムイオン233.4mg、マグネシウムイオン0.7mgその他で、陽イオン合計2,100mg。陰イオンは塩素イオン5,175mg、硫酸イオン209.5mg、炭酸水素イオン 20.6mg、臭素イオン 4.6mg、ヨウ素イオン0.7mgその他で、陰イオン計5,410.8mg。またメタケイ酸279.7mg、メタホウ酸16.8mg等で、成分総計は9,198mgである。2つの源泉を使い切っているところに好感が持てる。

■高層建築のホテルや近代的なハイテク温泉宿とは性が合わない私としては、畳の休憩室はかなり鄙びた感じでゆっくり寛げる。老朽なところがなぜかかえって安心感がある。本当かどうか知らないが、地元の人もここにしか行かないという話などは、中央管理システムの熱海を逆に象徴してもいるだろう。熱海駅までうろつきながら歩いたら道に迷ったてしまい、食塩泉でおおいにのぼせた体もめっきり冷えてしまった。新幹線に乗る頃にはまた温まりに来なければと心に誓う私であった。

■それにしてもいつか出版記念パーティーを温泉宿でやってみたいものだなあ。ああ、それにはまた本を書くなりしなくてはならないのか。とにもかくにも頑張ろう。

能ある鷹の爪と隣りの青い芝



■「能あるタカは爪を隠す」と言うが、猫もまた必要なとき意外は爪を隠している。時として猫がちらりと爪を見せただけで、能ある鷹と勘違いされることもある。普段は余り他者に思いやりをせない人が、たまにふと人間らしい気持ちを見せると、それを見た者は勝手に「ああ、本当はとてもいい人なんだ」と思い込んでしまうのだ。単なる勘違いで済めば良いのだけれど、スケコマシや詐欺師はこれを逆手に使う。

■教養のない粗野な人だと思わせておいてぽろりと知的なことを言うと、普段から教養をひけらかしている人よりぐんと好感度が増す。冷たい人だと思わせておいて、ふっと優しさを示すと普段から優しい人よりもずっと優しい人だと思わず心を惹かれてしまう。世間を上手く転がす潤滑油として用いるならば害はないけれど、度が過ぎれば常に正直で優しく賢い人であろうと努力するより功利的で小ずるい戦略だ。

■注意していればそのようなことは見抜けそうなものだと思いがちだ。しかし常に正直で優しくて賢い人が、稀に怒りや落ち込みから冷たさや愚かさを垣間見せてしまうと、その人間らしさを評価されるよりむしろ、それまでの良いイメージが瞬時に消え飛んでしまう。もちろんそれは評価される側の者のせいではなく、人間の勝手な思い込みや期待との僅かなずれを相手に投射して怒るという人間の性向のせいなのだが。



■「隣の芝は青い」というのは、自分の家の芝よりも隣りの家の庭の芝の方が青々としていて美しく見えるという人間の心理を表わしている諺だが、車に乗っていると「隣の車線は早い」と思うことが多々ある。名古屋などは特に片側3車線4車線の道が多いので、信号待ちや朝夕のラッシュ時などは、自分が選んだ車線の進みが遅くて、隣のレーンの車がさっさと先に行ってしまう…という感覚をよく味わう。

■しかし実はこれは「隣の芝は青いように思える」という思い込みの錯覚からくる心理ではなく、「隣の芝は実際に青い」という真理だというデータを作成した人がいる。カナダでのドライバー対象のアンケート調査から、自分が隣りの車線を走る車に抜かされることが多いと答えた人の数の方が、抜かして行くほうが多いと答えた人の数よりもずっと多いという統計調査が出たというのである。さてどういうことか?

■この心理はドライバーでは当然らしいが、実際の数値で証明されたという結論は正しいのかどうか。高速道路などを考えれば分かりやすいのだが、追い抜いていく車の数は追い抜かされていく車より少ない。逆に言えば安全運転をしているので追い抜かれる車の方が圧倒的に多いので、アンケートを取っても追い抜かされる側のレーンにいた者の数が断然多いための数値だとか。 統計は操作がなくても注意すべし。



■1台が10台を抜かすと、アンケートでは抜いた車と抜かされた車の比は1:10となる。100台が1台に抜かされればアンケートの数比では1:100となる。芝の色で言えば、隣でなくても近所の中で一番青々としている芝を持つ家は1軒だが、それに比べれば少しまたは大いに見劣りする芝の家は多い。見劣りする芝に目をやって満足するより、青い芝に目を奪われて不満をかこつ方が人間として普通だということか。

■もちろん人間の財産とも言える諺や警句に片っ端からイチャモンつけて喜ぶだけのひねこび野郎で終わるつもりはない。様々な諺や警句の真意と背景を改めて味わってみると、その含蓄の深さに驚かされると共に、既存の意味を機械的に常套句として用いていた自分の愚かさにも気づかされる。それを充分味わい、そしてさらにそれすらも超えていこうという潔い姿勢を忘れまい。忘れてもまた思い出さそう。

私の中の枕叩き目覚まし法の謎



■「目覚まし時計ないけれど、明日6時に起きられるかなあ?」「もちろん。寝る前に枕を6回叩いて『明日は6時に目が覚める』と言えばいいんだよ。」「本当?」「本当だよ。」5〜6歳の頃の、母親と私の会話はこんなふうだった。そして確かにその時間ぴったりに目が覚めた。それ以来私はよほどのことがない限り、この枕叩き目覚まし法で望む時間に目が覚めるようになった。考えれば不思議なことだけれど。

■偽薬のようなものなぞ摂取しないのだから、プラシーボ効果ですらない。「暗示」にかかったのだと言っても、その暗示がどのようなプロセスを経て、人間が設定した翌朝の時計の時間にぴったり目が覚めるのかは説明できない。動物の不思議な現象を「本能」であると表現しても実は何の説明にもなってはいないのと同じように。ただそれは他人事ではなく自分の中でもまさに「そうすればそうなる」のである。

■目覚ましをかければその鳴る直前に起きるのに似ている。本当に疲れている時などに鳴る目覚ましの音は、その一鳴り一鳴りが確実に脳細胞を殺しているという感覚があった。幸いにも今では毎朝決まった時間に起きねばならない生活環境ではないので、このおまじないモドキはめったに使わないが、確かに現在でも可能だ。ただしもし今初めて同じことを聞かされても、そうなれるかどうかは自信がないけれど。



■枕叩き目覚ましは母親が祖母、つまり自分の母親から聞いた方法だったのか、母の実家がある地域に伝わっていた智慧だったのか、それとも母親自身のその場の創作で、実は母親自身もそれはできないのだが、私が勝手にそのような話を信じたがためにそうなったのかは不明だ。今度帰省した時に聞いてくなくてはならない。多分誰でもそのような体内と意識がリンクした目覚まし機能はあるのだろうと思うけれど。

■もちろん100%目覚めるというわけではなく、時にはしっかり寝過ごすけれど、後でより広い視野で見ればそちらの方が結果として正解だったということが何度もあった。超能力でもなんでもない。人間も地上の生物なのでサーカディアンリズムがある。だから1日1日のリズムはあるし、体内には細胞の脈動も脳波も心拍も呼吸も歩行も沢山のリズムがある。ただ意識とどのようにリンクするかということだ。

■枕がなければどうするか?私ならたぶん代わりに布団の縁とか柱とかを叩いて済ますだろう。風邪を引いていて声が出なかったらどうするだろう。頭の中で本を読むように、心の中だけで声を出して言うだろう。数を数えること、日本語で言葉をしゃべること、その時間に目が覚めること…みんな不思議なことばかりである。私は他者には催眠術をかけられにくいけれど、自己催眠は結構得意ではある。



■「あなたの暦はどこにあるの?」「私の生命の中にある。」「じゃああなたの時計はどこにあるの?」「やっぱり私の心身の中にある。」「じゃあ外にある暦も時計もインチキなの?」「いいや、そのどちらをも上手く用いることが重要なんだと思う。内と外の時計を合わせるための呪文なんじゃないかな。」「よーし、明日は6時に起きれますように〜」「おい、呪文はいいけど人の頭を叩くのはやめとくれ。」

口から出る言葉が全て嘘となる日まで



■『嘘をつけないと欝になる』という本がある。著者は酒井和夫博士。この精神科医はその昔、友人の半田コーセン氏が調布市郊外にある病院でお世話になった時の担当の先生だ。今では銀座にクリニックを開いてその院長を務める立派な人物だが、半田コーセン氏を見舞いに行って最初にお会いした時は、コーセン氏と並ぶとどちらが先生でどちらが患者さんなのか判断しかねるような、双方ともアブなげな感じだった。

■昔話はさて置くとして、この本の中では日本人は古来より嘘をつくのが上手な民族であり、現代人もまた毎日200以上の嘘をついて生きていると表現している。もちろん何が嘘で何がそうでないかの基準は色々だろうが、人を傷つけたり騙して金銭を巻き上げるための嘘というよりは、むしろ動物が生き残るための擬態や死んだふりに近い言動や行動、つまり自他がより円滑に生きるための潤滑油としての嘘である。

■ツカみとしてのキャッチーなコピーだけでなく、精神科医としての視点からの説得力がある表現をしてくれている。嘘をつく瞬間は交感神経が働いて緊張するが、その後はすぐに副交感神経が働き、目が少しトロンとして瞳孔が小さくなるという。いわゆる「目を見れば嘘かどうかわかる」というやつだ。他者を貶めるのではなく、むしろポジティブにして関係性も滑らかになるような嘘は言葉と心の薬なのだ。



■真実の基準や生きるための戒律が自らの外にある西洋的な世界観のみに生きるという生き様もあるが、トワイライト領域はあっても自分にとっての真実と嘘の界面は自らの内にしかないのだから、その都度変わる波打ち際のように優柔不断にその浜辺で遊べるに越したことはないだろう。生真面目で周囲に気を配り過ぎる人は、価値観の多様化と自らの美徳とのずれを滑らかに処理できずに欝になってしまうとか。

■意識してつく嘘と無意識の嘘。他者のための嘘と自分のための嘘。小さな世界の中に篭る嘘と、より大きな世界では真実になる嘘…などと論理的に分類してみても、実際に生きていく上で右脳と左脳の噛み合いが滑らかになるというわけではない。この2分割する波打ち際の陸側か海側に常住するのではなく、大潮と小潮、気圧や海流によっても海岸線が常に動くことを失念せずに、両生類として生きたいものだ。

■言霊に操作されるので嘘は付かぬように努めるというのは立派な心構えだ。しかしそれが自らの外にある戒律と重なったら要注意だ。言霊が強烈なものであっても、神が言葉と重なっていたとしても、それでもその神を超え、既存の言葉を超越して先に進む心意気はあったほうが良い。そのような姿勢でなければ他者のための嘘、人々のための嘘、全体性の中の嘘はつけない。ましてやそれが真実にもなり得ない。



■無言やしじま。思考なき舞踏や武道。全て体に任せる恐怖の克服。「言語を使わない思考」も歴然と在るということを、敢えて言語を用いて提示することは多重多層のパラドクスなのか。混乱目的の単なるナンセンスなのか。それとも常に自らをはみ出して行くベクトルを他者の内にも励起させようという企みなのか。全くの嘘か、嘘と本当を超えた何かなのか。言葉では何とでも言い得るし、言い得ない。

■言葉遊びをしよう。冗談を言おう。意識して良い嘘をつこう。他者との差異を不快がるのではなく尊重し合おう。楽しくなければカッコ良くない。「嘘をつけないと欝になる」のが嘘か真かはもうどうでもいい。「欝にならなければ嘘は超えられない」かも知れない。「空ける」「虚ける」は共にウツケルだ。空虚を抜けてウツケ者はカブキ者にまで出世魚しよう。…って、ああ、また今日も嘘をついてしまった。

■Hey, hey, am I happy? Yes,incredibly!!

10年越しの猫の背の手触り



■テラバイトを始めたばかりの頃、お寺の駐車場でエサをもらっている小振りで可愛いキジトラの雌猫がいた。年に2回何匹もの仔猫を生んでいるというので、猫世界でも多分モテモテの美人だったのだと思われる。この猫は顔も可愛いのでエサをあげる時に、ほんの僅かでも撫でてあげたいと思うのだが、決してその体に触らせることをさせない。自分の子供に対しても、たとえエサをあげる人間であっても決して触らせはしないのだ。数十センチでするりと身をかわす。

■昔のテラバイト日記を読み返すと、この人の手に触られることに対する断固とした拒絶は、おそらく小さい頃に人間に酷い扱いを受けたかしたためのインプリンティングなのであろうとの予測と共に、この習性は一生変わらないのだろうか、いや、いつの日か必ずその背に触れて撫でることができるに違いない!といつになく固い決意でその思いを記してある。そしてすでに歳を取り、見た目も半分くらいに縮んでいるその猫に、今日、初めて静かに触れることができた。

■足が痛いようで動きも機敏ではない。最近ではもう子供も生んでいないらしく、連れているのを見かけない。近在にその子孫たちが沢山散らばっているのは間違いないのだけれど、成猫になってしまえばもう自然界同様に赤の他猫である。ここのところ北風が強いので、ダンボール箱の寝床に風除けの半屋根をつけてあげた。そしていつも街中で出会った猫にあげようと鞄に潜めているキャットフードを少しあげた。そして驚かせないようにそーっと手を伸ばしたのだ。



■耄碌して気づかないのでもなければ、体が痛くて動けないのでもない。んもちろエサを与えてくれるから仕方なく触らせてやるというのでもない。その背を2度3度と大切なものを触るタッチでゆっくりと撫でた。何か過去と未来から今につながって書き換えられた気がした。とても小さな記述の書き換えだとしても。そしてこの関係性の変化はこの老猫と私の間だけでは止まらないだろう。他の諸事諸物との関係性にまでも少しずつ広がっていくことだろう。

■去年の暮れはテラバイトを完全に止めるつもりで代わりの人を募集したりもした。もちろんまだその気は変わっていないけれど、去年は和尚さんがからだを壊して死にかけたし、お寺の奥さんも膵臓だか脾臓だかをいためて顔が倍ほどにも膨れ上がってこれまた死にかけたという。私も20年以上息災だったのについに治療院に行った。寺猫も15歳を過ぎ、野良猫もかくの如くだ。いつまでも同じものはない。世紀を超えたものたちも静かに確実に特異点へと移り行く。

■このお寺関係でも、その往き復りの道端でも、沢山の猫を見た。死んだ猫、まだ生きている猫。感情失禁しないように心しながら、その一匹一匹を思い出しては脇にやる。一匹一匹の猫の記憶の背景にも、遥か彼方まで世界が広がっていることに今気がついた。確かに変わっていくのは記憶の方なのだから。今度の立春と節分は満月が絡む。何か特別な転機にしようと内からも外からもシンクロニシティが湧き上がってくる。考える前に来る答を大切にしよう。



■忘れまい、忘れたくないと強く念じつつ、忘却の彼方に消えて言ってしまった沢山の記憶たち。それでもまた私は思うのだ。この猫の背の手触りを決して忘れはすまい…と。

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