ソビエト連邦暦

   1930年のソビエト連邦のカレンダー。wikipediaより。

 

■1■第一次世界大戦中のロシアで1917年に2月革命が勃発し、ロマノフ朝による帝政ロシア帝国が崩壊して臨時政府が作られた。同じ年、首都ペトログラードで10月革命が起こり、左派勢力ボリシェヴィキにより臨時政府が倒されロシア内戦が始まり、1922年に史上初の共産主義国家ソビエト連邦が誕生した。

 

■2■ロシア正教会はグレゴリオ暦を採用せず、ずっとユリウス暦を使っていた。そのために1582年のグレゴリオ暦改暦時に、10日間を飛ばして春分の日を合わせるという操作がないまま、この時点では13日のずれが生じていた。従って1917年の2つのロシア革命とは、正確な暦では3月革命と11月革命となる。

 

■3■ロシア革命直後、レーニンは1918年2月1日〜13日の日付を飛ばすことで、ユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦を行った。さらにレーニンの死後、ヨシフ・スターリンによる独裁体制が強化される中、ソビエト連邦政府は1929年10月1日に新たな暦を採用することにした。これがソビエト連邦暦である。

 

   1933年のソビエト連邦カレンダー。wikipediaより。

 

■4■グレゴリオ暦の1月〜12月をそのまま残した上で、宗教抑制の目的で7日の曜日は廃止され、5日周期の週を採用した。日曜休日も廃止されて、黄曜日、桃曜日、赤曜日、紫曜日、緑曜日と色付けされた5曜日となった。整理・改変された国民共通の休日の他に、国民全員に休日の曜日が割り当てられた。

 

■5■7日周期を5日周期にすることで国民の休日を増やし、どの日も生産設備が完全に停止することなく、80%の労働力で生産効率を上げるという目算だった。しかし工場の機械整備の休止がなくなり、故障が頻発した。また休日が家族内でも一致せずに社会生活に支障が出て、この暦法は大変に不評だった。

 

■6■1931年、ソビエト政府は不評だった週5日制のソビエト連邦暦に週6日制を導入し、12月1日から実施した。家庭内の休日不一致を改めるために毎月第6日、第12日、第18日、第24日、第30日を国民共通の休息日とし、第31日は労働日とした。曜日の名称は第1日〜第6日と単純化され、31日は無曜日とした。

 

   血の日曜日事件、『マナペディアmanapedia』より借用、加工。

 

■7■レーニンは「宗教はアヘンだ」と言い、政府は社会主義化の一環として暦の上からも宗教色(特に1週間のサイクル)を排そうと努めた。しかし週6日制は休日が多いにもかかわらず不評は続いた。結局政府は最終的にソビエト連邦暦の廃棄を決定し、1940年にグレゴリオ暦による週7日制へと一本化した。

■8■結局暦の力は宗教やドグマより強かったということだ。暦は人間のものではあるが、12−60進法や1週間7日のサイクルなど、主義主張によって簡単に変え難いより大きな天体の運行や生命周期があり、それを否定するのではなく受容した上で、より使いやすい暦を模索していく必要があるということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


フランス革命暦

      フランス革命暦 画像は『wps+』より借用。

 

■1■「フランス革命暦」はフランス革命期に使われた独自の暦法である。7曜を廃して1週は10日、1日は10時間、1時間は100分、1分は100秒と全て10進法を用いている。1年は12か月とし、すべての月は公平に3つのデカード(10日)からなる30日で、5日の余日(閏年は6日)は年末に置いて休日とした。

 

■2■カトリック色の強いグレゴリオ暦を廃止して、革命政府はこの新たな暦法を制定した。暦の施行はグレゴリオ暦の1793年11月24日からだが、この共和暦の元年元日は、遡ってフランス革命により王政が廃止された翌日に当たる、グレゴリオ暦1792年9月22日(秋分)の日と定めら、以降12年余り使用された。

 

■3■合理性と平等を追求した暦ではあったが、これまでの生活習慣と大きく異なるものの1つに、時間の単位も全て10進法に変更したことがある。しかもあまりにも性急に導入されたために混乱を招き、一部を除いて普及することはなかった。また国民に不評だったため、1802年3月31日より7曜が復活した。

 

     革命暦6年のカレンダーのイラスト 『フランス革命暦と10進化時間』より。

 

■4■フランス革命暦の各月には、4つの季節ごとに同じ脚韻が付いた文学的月名が冠せられている。またこの暦には全ての日付にも名がついていた。各日につけられた名称は、家畜・農機具・植物の名にちなむものだった。しかし元旦が秋分のために、他国との整合性をとるためには暦日対照表を必要だった。

 

1.[秋] Vendemiaire ヴァンデミエール(葡萄月):9月22,23,24日〜
2.[秋] Brumaire ブリュメール(霧月)     :10月22,23,24日〜
3.[秋] Frimaire フリメール(霜月)       :11月21,22,23日〜
4.[冬] Nivose ニヴォーズ(雪月)       :12月21,22,23日〜
5.[冬] Pluviose プリュヴィオーズ(雨月)    :1月20,21,22日〜
6.[冬] Ventose ヴァントーズ(風月)      :2月19,20,21日〜
7.[春] Germinal ジェルミナル(芽月)     :3月20,21日〜
8.[春] Floreal フロレアル(花月)       :4月20,21日〜
9.[春] Prairial プレリアル(牧草月)      :5月20,21日〜
10.[夏] Messidor メスィドール(収穫月)    :6月19,20日〜
11.[夏] Thermidor テルミドール(熱月)    :7月19,20日〜
12.[夏] Fructidor フリュクティドール(果実月) :8月18,19日〜

 

■5■革命暦は、アンシャンレジーム(旧体制)で王権と結びついて民衆を抑圧していたカトリック教会のグレゴリウス暦ではなく、非カトリック化と理性に基づいた合理的な暦を作成するという理念に基づいて作成された。背景には絶対王政を廃して、議会が主権を持つ国民国家の成立するという理想があった。

 

■6■合理性と平等を追求したこの革命暦を、背景から切り離して暦として見ると、構造もそれなりに整った良い暦である。しかし人間という不可欠な要素の中で眺めると、それまでの生活習慣と大きく異なるものの1つに、カトリック教会由来ではない時間の単位までも、すべて10進法に変更したことがある。

 

     球戯場(テニスコート)の誓い 『世界史サロン』より借用。

 

■7■理想とは裏腹に、血生臭過ぎる貴族や体制側の者のみならず、多くの無実の者に対するギロチン処刑や、国内外の危機を名目に戦時体制と称して独裁体制を固めるジャコバン派の恐怖政治。そしてテルミドールの反動の後、1795年10月に穏健な総裁政府となり、フランス革命は終わり国民国家が成立した。

 

■8■現実の革命も暦の革命も、極端で性急に導入されたために混乱を招き、一部を除いて普及することはなかった。また国民に不評だったため、1802年3月31日より7曜が復活した。ナポレオン皇帝の時に、カトリック教会との和解としてグレゴリオ暦に戻った。暦はそれを用いる人間と不可分の存在なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


決して特別なことではなく…

 

■1■『コイサンマン』(1981年)という映画があった。南アフリカ・ボツワナ共和国の砂漠に居住するブッシュマンの生活を、コメディタッチで描いた作品で、日本ではかつて『ミラクル・ワールド ブッシュマン』というタイトルで上映されていた。主演はザウ・ゴマ、愛称ニカウさん。1983年に来日している。

 

■2■この作品はシリーズ化して第5作まで作られ、日本でも有名になった。ニカウさんはナミビア人の俳優で、TVか映画の中のシーンで、ニカウさんがコンビニ袋を普通のバッグかカバンのように大切に使っている画像があった。大量生産、大量消費の時代だった。笑いを誘うシーンなのだが、心に残った。

 

 

■3■2003年、薪を拾いに行ったまま帰らず、捜しに来た家族に亡くなっている所を発見された。フィクションの中では、文明と接触する未開人のブッシュマンという設定だったが、ニカウさんは一応俳優。しかし人柄は一目見ても分かるように、絵映画の中の役と同じで純朴で、優しくて、そして誠実だった。

 

■4■私は物質文明を否定したり、斜に構えて皮肉を言ったりするつもりはない。昨日の昼間、ベランダで土いじりをした後にシャワーを浴びていて、カミソリでひげを剃った。その時使ったカミソリは、どこかの温泉宿でアメニティと称してタオルや歯ブラシと共に供される、いわゆる使い捨てのものだった。

 

 

■5■21世紀になってから、これが私が使っている2つ目のカミソリだなあと思った。1つ目も同じように温泉宿で出て来た使い捨てのカミソリだった。今世紀年になってから、それを10年近く使っていた。すぐに歯がこぼれて使えなくなると思われるかもしれないが、私のカミソリはまだ当分使える状態だな。

 

■6■どうだ凄いだろうと思ってもらうための話ではない。かつては4枚歯5枚葉のカミソリを使ってみたこともある。そして温泉巡りをする時などは、最初の宿で出されたアルニティを数日間そのまま使い続け、2番目の宿からの者は手を出さない。ずっと集めている温泉のタオルは使わないで頂いているが。

 

 

■7■誰もがそうすべきだとかは全然言っていない。ただニカウさんのコンビニ袋もそうだけれど、使い捨てしたり、使われないまま捨てられてしまうもののあまりに多いことには少し心を痛める。モノは大切。そしてそれを使う心の在りようも大切だとは思う。1つ1つのモノと心から対話することは楽しい。

 

■8■ケチとか、吝嗇とか、未練がましいとか、セコいとか、多分そういう言葉の対象とは少し違うと思う。大量生産されて1つ1つに特徴がないとされているモノたちですら、自分と巡り合ったということで自分自身にはやはり特別だ。今日も普通に、自然に、生物や貴重な物たちと同様に声を掛けて生きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


鹿塩温泉「山塩館」

 

■1■鹿塩温泉と書いてカシオ温泉と読む。何かカシオペアやらカシオ計算機を連想して、何ちょっと音の響きがかっこ良さげだ。南アルプス塩見岳の麓の大鹿村の塩川沿いに湧出する、天然塩水を利用した温泉である。現在は「塩湯荘」と「湯元山塩館」の2つの温泉旅館がある。何か塩塩と、くどくも思える。

 

■2■泉質は含硫黄-ナトリウム-塩化物冷鉱泉だが、口に含めばすぐわかるがとにかくお湯が塩ッ辛いのだ。安直に太古の時代に閉じ込められた、いわゆる化石海水じゃないのかと思うが、塩分濃度は4%だが含まれるミネラル分が異なるので、断層(中央構造線)に閉じこめられた海水ではないとされている。

 

 

■3■温泉の由来にはあのミシャグジとも大いに関係の在りそうな建御名方命(たけみなかたのみこと)の名も出てくる。建御名方命がこの地で狩りをした時、鹿が好んで飲む水から塩の存在を発見したのだとか。また良くある話だが、弘法大師が杖を突いたところから湧きだした温泉であるという話すらある。

 

■4■本日泊る宿は「湯元山塩館」だ。この強酸塩の源泉から作るという手法では国内唯一の塩がこの宿のフロントに商品として並んでおり、食事にも供与されている、なおこの温泉も千年温泉であるだけでなく、この宿は日本秘湯を守る会の会員でもある。現宿は明治時代に製塩と温泉利用開始と共に始まった。

 

 

■5■さてその温泉だが、日替わりで男女浴槽が交代するので、1泊すれば両方に入浴できる。今夜の男湯は寝湯付きであり、女湯が源泉浴槽がある浴室だった。浴室に入って先ず、細い管から流れ出されている冷たい源泉を口に含んでみて、すぐに吐き出した。本当に塩辛いのだ。浴槽の湯はろ過加熱済みだ。

 

■6■窓ガラスが大きく取られていて、丸て露天風呂のような解放感がある。その外は隅から隅まで緑の木々だ。温度も管理されていて、熱からず心地よいのだが、長湯が過ぎると塩湯だから体から熱が抜けにくくなってしまうだろうと思い、つい半身浴気味になる。短めに何度も入ると効果が実に大きそうだ。

 

 

所在地: 〒399-3501 長野県下伊那郡大鹿村鹿塩631
http://www.yamashio.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「銀の断片」と円に内接する5芒星

 

■1■太陽暦の1年365日と太陰暦の1年354日の間には11日のズレがある。より正確には太陽暦の1年は地球の1公転 365.24219日であり、太陰暦は月の12朔望周期(29.530589×12=)354.367068日だから、地球の1年には10.875122日足りず、13朔望周期は 383.897657日だから、18.655467日オーバーしている。

■2■ぴったり1年は12.3682592朔望周期である。太陽暦では端数を切り捨てて1年を365日(閏年は366日)としているので日にちはうまく接続するのだが、月の朔望周期はこのズレのせいでうまくつながっていない。例えばある年の暦の初日が月齢0の新月だったとすると、1年後の年初は月齢18.7となるのだ。

■3■この月齢のズレもしくは余剰分である0.3682592朔望周期(=36.827%=18.655467日)をエノクは「月の過分」と呼ぶが、より詩的に「銀の断片」とも表現されている。12朔望周期と13朔望周期の間にあるちょうど1年(365.24219日)は、12朔望周期に「銀の断片」が加わった 12.3682592朔望周期に当たる。



■4■ところでこの1年と13朔望周期とほぼ同じ比率を、5芒星とそれを内接する円の上に見て取ることができる。上図左は直径13の円に5芒星を内接させた図だ。この図の5芒星の腕の長さと直径の比はおよそ19:20だが、より正確には13:12.364となっている。つまり13朔望周期と1年の長さにほぼ等しい。

■5■この5芒星を構成する5本の線分を全てを足すと、線長比が 61.82になる。これは5年間の満月の数だが、数としては100/φにほぼ等しい(99%)。また1食年は11.738朔望周期であるが、19食年(=1サロス周期)をこの11.738という数で割ると1.6186になる。この数は黄金比のφにほぼ等しい(99.9%)。

■6■ケルト暦は紀元前5世紀には既に存在していたが、後の紀元前1世紀頃用いられていたガリアの「コリニー暦」という太陰太陽暦は、年に30日と29日がほぼ交互に12回繰り返され、1年目の頭と3年目の6ヶ月後に閏月(30日)が入るもので、ストーンヘンジにも残る5太陽年(62朔望月)周期の暦だった。
 


■7■5太陽年の朔望数である62は、正12面体もしくは正20面体の要素の点・線・面の総和(20+12+30)でもあり、また惑星グリッドのボルテクスの数でもある。元々5芒星そのものが黄金比のかたまりでもあるが、惑星グリッドの62のグリッド分を、1つ1つ朔望周期で繋いで行くというイメージが成り立つ。

■8■なお最初の図右は青線で示した円の直径を回転移動させて、赤線で示した1年の長さ(12朔望周期に銀の断片を加えたもの)から、辺長比が5:12:13であるピュタゴラスの直角3角形を作ったものだ。次ページに改めて示すが、この直角3角形の辺長5の線分を3:2に分割する赤線は長さが12.369となる。

■9■この12と13の朔望周期の間にあってぴったり1年に相当する12.3682592朔望周期は、12朔望周期と13朔望周期の間の1朔望周期をほぼ37:63に分割している。同様に辺長比5:12:13の直角3角形の一番短い辺(5)を3:2に分割する斜線の長さ12.369もまたほぼぴったり<12+銀の断片>と重なっている。
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★惑星グリッドは120枚の直角3角形からなるけれど、その直角3角形の1辺は月の直径に等しいということを念頭に置くならば、新たにランクアップした惑星グリッドの制作をしようとする場合、「地球暦」が厳密に実寸の一兆分の1であるように、実際の月の大きさを考えて、それに見合った意識的な縮尺をする必要があるのかもしれない。

★もしそれが自らの精神のカタチを見るために制作するのであれば、もちろんその厳密さにばかり気を使い過ぎると、全体が歪んでしまいかねない。面体制作に必要なもう一つのパラメーターは、やはり制作することそのものの中に楽しさと面白さと、そして美しさの感覚があるということなのだろうなあ。知を超えゆこうとしない知は恥ずい。

パクチー、里芋、サツマイモ、and so on

       

 

★パクチーの苗をこの春買ってきて、それなりに大事に育ててた。ほんのポヨポヨの葉っぱだったのがみるみる伸びて行き、そろそろパクチー食えるなと思っていたら、なんか葉っぱの違う花咲きモードの茎がメインに伸びてきて、普通に食べられる葉っぱが枯れてしまった。

 

★これはどういうことと検索したら、これがフツーで花が咲いた後はパクチーシードが取れるらしい。仕方なくシード回収の方に心を切り替えて、小花が沢山咲くのを鑑賞していたけれど、小枝を切り取って切り刻み、サラダに投入したらしっかりパクチー風味主張してた。

 

★先日の雨に晒されていて、翌朝見たら葉や花に雨水が沢山引っかかっていて、重さで倒れ掛かっていた。せっかくの種の元が折れてしまっては大変と、最近では雨の日には早々に家の中に非難させている。過保護である。こぼれ種からも、また翌年生えて来るらしい。

 

       

 

★ところでうちのベランダだけれど、一見ベランダ菜園っぽくも見えるけれど、実は年を越して春前には芽を出してしまったサツマイモが不憫で、食べるにも小さすぎる小粒サトイモたちと共に、できるだけ土に植えているだけなのだ。サトイモは水栽培から。サツマイモは伸びた芽を切って斜めに土に植え続けている。

 

★去年秋の収獲からこぼれたジャガイモも伸びているし、チャイブにいたってはニラと交雑して不思議な植物になっている。パクチー苗と共に買ったプチトマトの実だけが、ようやく赤みを得帯びてきている。観賞用でも収獲用でもない、緑色のベランダ。蝶が来て猫がざわめく。土は飽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


地球の内部構造と月

      ()この画像は http://discovermagazine.com/ より借用しまた。

 

■1■地球の内部構造のうち、地殻はマントルの上にある表層部分で、大気や海と接している。花崗岩(酸性岩)、安山岩(中性岩)、玄武岩(塩基性岩)から成り、マントルと比べると剛性が低い。大陸地殻の厚さは30〜40kmで変化に富むが、海洋地殻はほぼ均一で約6kmだが、稀にマントルの露出する構造がある。

 

■2■地殻の下にあるマントルは地下約2900kmまでの範囲を指す。内部には幾つか不連続線があるが、地下660 kmの明瞭な不連続面を境に上部マントルと下部マントルに分けられている。マントル層はその内部にある核が金属なのに対し、地殻とは異なり不連続面ごとに鉱物相が相転移する岩石からなっている。

 

■3■マントルの下は核である。地表から核までは2891kmであり、核表面から地球の中心までは3480kmである。3480kmと言えば、月の直径3476kmにほぼ等しい(99.9%)のである。そしてさらにこの地球の核の表面は、地表と地球の中心までの距離6371kmを、5:6に分割しているということに気が付く(99.8%)。

 

 

■4■地球と月の半径は6378kmと1738kmだった。これをマイルで表すと、地球半径は3960(=1×2×3×4×5=360×11)マイルであり、月の半径は1080(=1×2×3×4×5=360×3)マイルだった。つまり5+6=11だから、月:地球の大きさの比3:11 の基本単位である360マイルにも順じるのである。

 

■5■そして地球の核球を想定すれば、その直径は6960kmだから、中に月が2つ並び入るという関係であるということも分かる。月直径2つ分は3476×2=6952kmだから 6969kmの中にきれいに収まる。つまり360マイルを基本の1とすれば、地球直径のうち核半径は3、直径は6、マントル部分は5+5で10だ。

 

■6■外核では地震のP波は伝播するが、S波では完全に減衰してしまう。外核を流れる渦電流が発生していて、これが地磁気に影響を及ぼしていると考えられている。外核における地磁気の強さは平均25ガウスであり、地表における地磁気より50倍強い。この磁場が地球の生命を今のようにした可能性がある。

 

 

■7■外核による外核の液体金属が対流することにより地球の磁場、地磁気ができている。この磁場は上空数千kmにわたって存在し、地球を守る天蓋となって太陽風を逸らしている。これがなければ、太陽風が地球の大気に直に作用して大気を剥ぎ取ってしまうので、生命体はほとんど存在不可能となるだろう。

 

■8■内核は地下約5100〜6400kmにある半径約1200kmの中心部で、鉄やニッケルなどからなる。地震波の伝播速度の研究から、不均質で球対称ではない固体であると推定されている。組成は外核の冷却によって鉄が固化して中心部に落下してできたものと推測されている。また温度は5000〜6000℃と推定される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


月と地球とフラワーオブライフ

 

■1■上図左上はドランヴァロ・メルキゼデクが紹介してくれた、フラワーオブライフのシンボルマークだ。これには1本しか外接円が書いてないけれど、本来の図にはなぜ2重の大円が描かれているのだろう。左下の図はフラワーオブライフの元図の外接円を取り、12個の円の全体を赤色で継ぎ足したものだ。

 

■2■そして右の図は僅かに回転させてあるものの、この12個の円の全体までを内接する大円を加えたものである。すると青く塗った大円と、中心にある小円と同じ大きさの黄色く塗った小円とが、地球と月の大きさの比にほぼ等しくなっていることが見て取れる。正確な比を知りたい人は計算してみてほしい。

 

■3■右図には中心にある最初の小円を内接する6芒星と、それに接続しているもう1つ外側の6芒星が見て取れるだろう。なおこの外側の6芒星は地球の表面に相当する外接球とは接していないことは見逃してはならない。この図をベクトル平衡体を中心に拡張させた、綿棒多面体で制作してみるのも面白い。

 

 

■4■上図はフラワーオブライフをアレンジした最初の図にさらに加筆してある。中心にある小円にぴったり収まる小さい6芒星を描き、その内部にある正6角形にちょうど内接する円を描いて黄色く塗りつぶしてある。最初の小円が月と対応させていたが、ここからはもう月とは関係なく地球内部の話となる。

 

■5■地球の内部構造は、先ず地表から海洋地殻は約6km、大陸地殻は地域差はあるが30〜40kmである。その下は地下約2900kmまでがマントルだ。660 kmを境に上部と下部に分けられている。そしてその下から地球中心までが。半径が3500kmの地球の核である。この地球の核は液体と固体の2層に分かれている。

 

■6■上図に描かれた左右を繋ぐ線は完全に平衡ではないが、一番外側の6芒星の中の正6角形に外接する円と地球の外核がほぼ等しいこと、また一番内側の6芒星の中の正6角形に内接する円と地球の内核がほぼ等しいことを示している。液体の外核は2900〜5100kmであり、個体の内核は5100〜6400kmである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


吾峠呼世晴氏の『肋骨さん』

 

■吾峠呼世晴さんという漫画家さんがいる。現在少年ジャンプに『鬼滅の刃』を連載している。とても好きな作品だ。この人を最初に知ったのは2014年、少年ジャンプでの読み切り『肋骨さん』だ。少年ジャンプらしからぬ深さと優しさと暖かさを感じて、この作品がずっと後まで、心に残って離れなかった。

 

 

■漫画に興味がない人や、『鬼滅の刃』を知らない人には何の話か全く分からないだろうけれど、この吾峠呼世晴さんの世界観はもちろん、ドラマ作りのセンスというか才能にも魅力を感じる。連載の1号や2号分を読んでも分からないだろうけれど、耐えきれずについここで公にしてしまった。作者は女性か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


見ている世界と1つである感覚

 

■1■今回も湯巡りをしていて、霊泉寺温泉や田沢温泉などの鄙びた湯町の真昼を、初夏の日差しの中で少し汗ばむ感じで、頭の中に陽炎が立つような感じで歩いていると、意識が変わらずあり続ける道筋や街並みと溶け込みそうになることがある。決して失神するのではなく、自我が透けて行くような感じだ。

 

■2■言葉にならないものを言葉で表現しようとているので微妙だが、通常の時間意識を失念することなく、それでも時間を超えたその場所の白日夢に少し重なっているような感覚も楽しい。通常の距離感や時間感覚とは異なる、すこしだけ異なる人間の意識領域との繋がり方が、自分と空間との区別をなくす。

 

■3■幻覚と言ってしまえばそれまでだが、過去の…おそらく自分自身の子供の頃の似たような空間体験の、忘れかけている記憶を支点的な増幅共振体として、自分以外の先人の心や情緒の残り香のようなものを、ほんの少しだけ共有しているような、そんな不思議な感覚。自分が自分だけではない、遠い記憶。

 

■4■これは敢えて言葉で表現すれば、時代や物理を超えた「人間の型」の繋がり、もしくは空間記憶の共有のようなイメージだ。これを安直に前世の記憶とかその場の持つ空間記憶だとか、今の自分とは別の何かとして表現するのは容易い。しかしこの感覚は自分の身体と意識も、その要素の一部なのである。

 

 

■5■人間が関与した遺跡や名所の遥か遠い時間と空間と考えられているものの近直なる想起と、そして明確な記憶自覚のない、何かしみじみと懐かしい喜びのようなものがある。栃尾又温泉で、ほぼ体温に近い湯に浸かりながら見た、窓外の雪に埋もれた林とそこにはらはらと降る粉雪を見た時もそうだった。

 

■6■そのような意味でも、ちょっとトンデモ的に聞こえもしようが、長い時の間も絶えざる湧出によって人を癒し安らげ続ける千年温泉、もしくはそれに相当するような歴史を持つ温泉地を訪れそこに浸かることは、一意で個人を超えた人間としての意識の想起・拡張にもつながる可能性があると考えている。

 

■7■先人の智慧を意識共振によって得てそれを自らの利益に活用するとか、霊力や神通力をゲットして社会を変えていくとか、そんな幻想共有としての現実に陸続きの話ではない。今の世界の捉え方やその在りようを否定したり貶めたりすることなく、情緒と思考を分離することなく自らの世界を拡張しゆく。

 

■8■言葉の由来や人間の思考そのものについて言及することなく文字列を連ねることは、とどのつまりは自己満足に堕しやすいところで踏ん張って、それでも他者に何かを伝えようとする時のもどかしさや心許なさが消し去れないけれど、それでも私が温泉を巡る1つの理由として提示しておく必要がある。


その土地土地を訪れて、何を落とし何を拾ってくるのかがちょっと重要。

 

見ている者と見えているものとが別物でないという実感と少しの至福と。

 

未知を慈しみ敬いつつも、畏れ縮こまることなくその方向に歩ゆむ力積。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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