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  • 2018.04.24 Tuesday
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山崎川で花見…PART2

★1日おいて再び近所の山崎側の花見に行った。なんだよ、まだ満開じゃないじゃないかよ。なんか急に桜の下で稲荷寿司食べたくなってて、近くのコンビニで助六弁当買った。

 

★月曜日はジャンプの日。先ずは「花よりジャンプ」ってわけで、『鬼滅の刃』を歩き読み。からの鳩との会話、鯉との対話をしながら、橋の上でとりあえずポーズ。いまいち。

 

★視点を変えるために川面近くに降りてみる。生活排水も混入している川の水は薄緑に染まっていて、ちょっと温泉のような色合い。甲羅干ししていた亀達も泳ぎ始める暖かさ。

 

 

とりあえずコンビニでゲットした週間少年ジャンプを待ち切れずに開いて、『鬼滅の刃』をむさぼり読む。

「記憶の遺伝」…生き物は記憶も遺伝する。ってすごいな吾峠さんの心理学的、生命進化的設定は独自で面白い。

 

 

いつもの川面に降りられる広い石階段の途中で鳩と会話。おととい猫のカリカリをここで挙げたことを覚えていいた同じ旗なのか?

この後、稲荷寿司食べ始めたら、鳩がガン見してくるので食べにくかったなあ。

 

 

一応橋の上での写真も撮る。桜の木のてっぺん近くはまだ花が開いていないので、全体的に7部咲きってところかな。

 

       

 

板でしつらえられた水際の踊り場に降りてみた。はるか上の方の枝に、ビニールとか布が引っかかっているから、大増水の時は、私が立っているところも水が頭の上まで来てたってことだなあ。

 

 

眼上の桜並木を背景にお約束のポーズ。くそっ、なんかもさっとして決まっとらんがな。あ、背景に管理関係のおいちゃんたちが仕事してはる。

 

 

撮影担当、愚妻。カメラに収まるときだけ、花粉症対策のマスクを取っとる。そういえばマスクしている人、結構いたなあ。私は花粉症とは縁がないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


フラワーオブライフと6角魔方陣

 

★普通の縦横の魔方陣に対してい、6角魔方陣というものがある。数を円で配置すると図のようにフラワーオブライフの19の円の中心と同じ形になる。
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★細かいことは語らず、図を見て日の2者を同型対応視できればよいと思う。数は5が中心、ひとけたの数では3のみが最外層にでる。矢印は数を順に繋いだものだ。
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★フラワーオブライフについて興味がある人や色々語る人は、ドランヴァロ・メルキゼデクも語っていないことだから、こんなことも知っておいて損はないだろう。

 

なお6角魔方陣については以下の通り(自分のHPより)

 

■1辺3点の6角格子の19個の交点の上に1〜19の数を乗せて、この直線上の数の和も同じ数(定和)になるようにしたものを6角魔方陣という。クリフォード・W.アダムスは47年かけて1957年に解を見つけたが、解を書いた紙を紛失してしまったために、再発見するのにさらに5年かかってしまった。

 

 ■この解は本質的に一通りであり、ユニットが1つだけの自明な場合を除いて6角魔方陣は他には存在しないことを、1964年にトリグスが証明した。この魔方陣の中心数は5で確定している。したがって他のユニットのどこか1つの数字が決定すれば、この6角魔方陣の1〜19までの数字の位置もまた確定する。

 

■6角魔方陣の定和は38である。38はもちろん19の2倍だ。定和の本数は全部で15本。この魔方陣を上下左右にしようが逆さまにしようが、解は本質的に一通りしかないので変化はない。この横の3連数、4連数、5連数の定和はみな38だ。これを60度右左に回転させると、全部で15本の定和があること分かる。

 

9+14+15=38    18+11+9=38    15+13+10=38
11+6+8+13=38  17+1+6+14=38  14+8+4+12=38
18+1+5+4+10=38 3+7+5+8+15=38 9+6+5+2+16=38
17+7+2+12=38  19+2+4+13=38  11+1+7+19=38
3+19+16=38    16+12+10=38    18+17+3=38

 

実はこの最初の手書き画像は2002年のノートの見開き。手書きでちょこちょこ書いてあることは、興味のある方だけご覧ください(^^)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


山崎川で花見…PART1

昨日近所にある有名な山崎川の桜並木を見に行ってきた。満開にはまだちょっと。しかし今日はもう満開に近かったらしい。仕方ないのでまた明日行くことにした。

 

       

 

せっかくカッコつけてポーズ決めたつもりなのに、義妹にはベムって見えたみたいだ。あの妖怪人間である。

 

 

いくつになっても桜は咲くら。(どこの方言か忘れた…(笑))ようやくこの格好でいられる季節になりました。

 

       

 

しっかり立ちポーズに比べてなんか流れているような感じわし。まあいいじゃないですか。

 

       

 

しかたないから、撮影者(愚妻)の姿も入れてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


修善寺温泉「筥湯」

ハコ湯入り口。塔の上には入浴者は無料で上がれる。

 

伊豆最古の温泉場として栄えた修善寺温泉は、中伊豆に向かう時必ず通る場所だから次回ゆっくり訪レようと思い、今回は筥(ハコ)湯にだけ入ることにした。

 

潔いシンプルなデザイン。しかしこのとっかかりもない場所で、桶を積み上げたりしてスマホのタイマー機能使っての自撮り撮影はちょっと困難を極めた(笑)。焦り過ぎると湯の中にスマホを落としてしまうし、絵づら的には焦った顔は見せられないし(笑)。

 

かつて河原沿いに7つの外湯があって浴客で賑わっていまけれど、昭和20年代には「独鈷(とっこ)の湯」だけとなってしまい、現在ではそこも足湯になってしまっている。

 

       

いつも通り、シャッターが下りた後にスマホを触るために、手をぬらさないポーズとしては、いつもこの格好(笑)。水面が波立っているのは、5秒の間に自己指定ポイントに行ってぽーずをとるためにせわしなく動いた証拠(笑)。…どうでもいいことだけれど(笑)。

 

そこで外湯としてこの「筥湯」が設けられたということだ。作りは広い檜造りの内湯のみとシンプルで、そこにアルカリ性単純温泉が掛け流されている。今回も広く明るい浴槽丸ごと独占でゆっくりさせてもらった。

 

       

カメラを向けられると、つい前世紀のアニメのキャラがするちょっと独特な立ちポーズをまねてしまう癖が抜けない(笑)。聖戦士ダンバインとか、伝説巨神イデオンとかのャラデザイン見ればわかるけれど、これよりもっと反って腰を突き出したポーズ。知っている人は知っている(笑)。

 

修善寺温泉の混合泉を加水・加温した上で配湯している。浴槽内温度は42〜43度に調整されているが、残念なことに循環式だ。他に客もいないし朝からの客数もたかが知れていそうだから、そう気色ばむことではないが、それでもやはり少しずつでも良いから掛け流しにしてほしいところではある。

 

 

★所在地:〒410-2416 静岡県伊豆市修善寺925 TEL.0558-72-5282
     
http://www.shuzenji-kankou.com/spa.html
・泉質/アルカリ性単純温泉
・営業時間/正午から午後9時まで(札止め午後8時30分)
・料金/350円
・駐車場/なし。番台で500円分の駐車サービス券発行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


青羽根温泉「湯の国会館」

 

■吉名温泉・嵯峨沢温泉・月ケ瀬温泉・船原温泉と136号線沿いから少し外れた場所にある温泉群を、再訪時に訪れる心積もりとしてスルーしたが、道沿いにあった青羽根温泉「湯の国会館」にはさすがに引っかかっていくことにした。

 

 

■狩野側ぞいにある立ち寄り天然温泉施設だが、事前にナトリウム硫酸塩温泉とアルカリ性単純温泉の2種の源泉を有している事は知っていた。泉温が前者は51.1℃、後者が25.3℃なのでどのような使い方をしているのか興味があった。

 

 

■結局前者は大きな内風呂と2つある露天風呂のうちの1つに用いてあり、後者は外の薬草風呂とサウナ横の低温泉風呂として使っていた。最近では湯質が変わって少し濃くなっているようなので、熱めになっているらしい。

 

 

■14種類の薬草がブレンドされた薬湯には特に興味がないが、併設された食堂乃値段はリーズナブルに見えた。地元と違って一般の値段だが、広々とした和室休憩所でゆっくり過ごすのではないならば860円は微妙に高い感じがする。

 

     

 

★所在地:〒410-3213 静岡県伊豆市青羽根188 TEL.0558-87-1192

      http://www.yunokuni-izu.com
・泉質:(1)ナトリウム・硫酸塩泉(51.1度)、(2)アルカリ単純泉(25.3度)
・営業時間/10〜21時 (第2・4水曜日定休)
・料金/大人860円、3歳〜小学生430円 
・駐車場/60台
・アクセス/伊豆箱根鉄道修善寺駅→東海バス湯ケ島温泉方面行きで20分、湯の国会館前下車

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


大滝温泉「AMAGISO-天城荘-[LIBERTY RESORT]」

(1)この浴槽が一番のビューポイント。少しぬるめの湯で、いくらでも長湯できる。滝の音、意外と大きい。

       

(2)小屋掛けされた、少し小さめの露天浴槽。ここからもしっかり大滝が見える。レンタル海パンの色が紫(笑)。

       

(3)この浴槽も大滝前の絶景露天。大雨で川があふれるたびに、露天は土砂に埋もれてしまい、そのあとか大変らしい。

       

(4)屋根のある囲いの風呂のすぐ隣にある露天。看板と滝がちゃんと収まる、少しだけ頼り厚めの露天浴槽。

 

■伊豆の大滝(おおだる)温泉天城荘に来ている。ここは落差30メートルのきれいな滝のそばに露天など7つの浴槽があり、湯につかりながら滝を眺めることができるので有名だ。しかし大雨が降ったりすると、それはもう滝壺のそばなので、繰り返し露天群が破壊されては直すを繰り返してきたという。

 

(5)ベストな瀧見露天風呂のすぐ後ろにある露天。すぐ横を滝つぼからの渓流が流れていく。言うことなし。

(6)滝に向かって右横から奥につ継ぐ洞窟風呂。すごい秘湯気分。奥行きも30メートルある。最後の奥まで行くのが、一人ではちょっと怖い(笑)。でも行ってみたら途中で男女が繋がっていそうな気がする。

       

(7)滝のすぐ右横にある露天風呂。滝のしぶきが直接かかるほど近い。じっくりしていたかったけれど、湯音がほかより明らかに低い。滝つぼからの水の混入のせい?滝の音、凄し。

 

■宿から滝つぼそばの露天風呂群までかなりの階段と坂道を降りねばならないのと、乱れ気味の今日びの風潮も背景に、水着必着になってしまっているところが残念だけれど、それでもこれらを独占できる自分の湯運(?)をかみしめつつ長湯している。個人的にはこれこそ最高部類の贅沢だ。

 

(8)滝つぼ側から下流を見るアングル。心地よさと清々しさが少しでも共有してもらえたらいいんだけれど。

 

■みんな自分が画像に収まっているのはくどいと思うけれど、全ての浴槽に入ったことを示す記録のようなものなので、そのあたりはご勘弁願いたい。かつて国民宿舎大滝温泉「天城荘」だった当館は爽快な滝見露天風呂群だけでなく、ほかにも広い内風呂が複数あり、本当に湯量の豊かさを感じる。

 

 

 

 

■本館1階にある内湯大浴場は男女入替え制で24時間入浴可能になっている。伊豆石で造った浴槽の伊豆石風呂の浴室や、岩風呂の浴室には露天風呂もある。空いている時に入浴中の看板を出せば自由に入れる貸切家族風呂もある。これだけの温泉にほぼ独占で入ることができたこと自体、湯悦の極みだ。

 

 

 

■祖父からこの天城荘を受け継いだという現在26歳の美人の若女将に、チェックアウトの時にお会いできた。当日午後の飛び込みなので素泊まり客にまでにこやかに応対し、国民宿舎時代の定規を記念品まで頂いた。この宿はさらに多くを語り、応援したくなるところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ひとりよがりの王国を超えて吾と汝

 

■1■真冬の夜中に知人が尋ねて来て、急いでいるのでと玄関口で用件を述べる。外はしんしんと冷えていて、吐く息が白い。彼はずっと外を歩いてきたので、外気に慣れてしまっている。私は寒くてたまらないが、それを伝える隙間もなく話は続く。私の寒さと彼の外気に慣れた体感を同時に体験はできない。

 

■2■電車の中で女の子がCDを聞いている。ベッドフォーンからはリズムセクションだけがシャカシャカと漏れてくる。ヘッドフォーンから音楽を聴きながら、同時に外に漏れ聞こえているシャカシャカした音を聞くことは誰にもできない。外気経由と骨伝導の自分の声すらも、同時に聞き分けられないのだ。

 

■3■街中で携帯電話を使って大声で話す者は、自分の声の大きさを知らない。貧乏揺すりをしている者は、傍にいる者の不快感には気づかない。タバコ飲みの多くはタバコを吸わない者の不快感を思いやるよりも、自らの禁断症状からの解放を選択する。私たちは永久に他者の気持ちは分からないのだろうか。

 

■4■知らないということを知らないと知っていると思う。知らないことは不幸ではない。知らないということを知れと言うのは理不尽なパラドクスだ。しかし他者の気持ちに一切注意を向けることなく、注意されてそれに気づくまでの自らの快感や平穏は、不可侵特権だとする姑息さを自分に許さないように。

 

■5■みなひとりよがりの王国に住んでいる。生物学的な意味での単体はある。その幻の王国を否定するわけではない。しかしその国民がその国の主たる自分1人だけだと知った後、それでもなおその幻に籠らないこと。せめて国境を意識しよう。国境の外部によりその幻想の別名である「自己」があるのだから。

 

■6■国境付近の調査も大切だ。幻想の国境界隈には、よく未確認飛行物体や未確認生物や、幽霊や妖怪が立ち現れる。時には神もどきや悪魔もどきに姿を変えた、自己もどきが徘徊するのを目撃するだろう。自己が自己もどきと出会った時、もどきは歪んだ鏡像だと知る。自己も幻影だと知るまであと半歩だ。

 

■7■あと半歩、国境の外に足を踏み出すこと。薄膜の霧のような国境の外にこそ他者がいる。自己と他者の初めての出会い。あなたとわたし。50音図の最初と最後。もしくは5行ずつに折り畳めば吾と汝。単細胞生物の、もしくあるいは多細胞生物の内と外は繋がっており、より大きな「私」の一部でもあると知る。

 

■8■あなたと私の差異は、それ以外が全て同じだということの裏返しだ。あなたと私の決定的な視座の差異は、絶望ではなくむしろ恩寵である。あなたと私の決定的な視座の差異の間にこそ、次元垂上方向のヒントがある。問題はこの2つの異なるものの間にこそある。リバーシブルであるとする視座の獲得。

 

■9■同じであることに慈しみを感じ、違いがあることを祝福と感じる心のベクトル。同じは素晴らしく、異なることはさらに素晴らしい。その2つを共に見る時、幻想の自己の中で目覚める「私」がいるのではなかろうか。幻想とは言え、国境越えはある種の反転でもある。再度反転して王国に戻ってみよう。

 

■10■ひとりよがりの王国は居心地が良い。様々なことを忘却する。しかし記憶力や想像力もある。憎悪や悲哀を感じもするが、慈愛や至福もある。彼の凍え切った手を取る私の手は温かいだろう。騒音も煙草の煙も、笑顔で差異を伝えられる。忘れても思い出し、また忘れても思い出すであろう大きな「私」。


ひとりよがりの王国を超えて(1)

2006.06.16 Friday /rewritten & replaced on 2018.03.11 Sunday

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


自己を自己る自己について

 

■1■心理学用語で「メタ意識」と言うものがある。それは自分が意識していることを意識する能力のことだ。この能力には言語が必要だ。私たちは起きている間中、自分に生起していることを自分に説明している。意識的に言語化しないよう努めることで逆にそれが分かる程に、それは無意識的になされている。

 

■2■周囲の光景や天候から体内の快不快まで、取るに足らぬ気分から超越的な着想まで、四六時中頭の中で自分自身に言語化して語りかけ、そしてそれを思考の流れとして聞き取り、再認識している。話しかけているのは誰なのだろう。それが自分なら聞いているのは誰なのか。そもそも自分とは誰なのか?

 

■3■心理学者ジュリアン・ジェインズは『神々の沈黙』の中で、このような私たちの「意識」を人間は数千年前まで持っておらず、自分の心の中で聞こえる声を、自分ではなく神や超越者の声として捉えていたと主張している。彼の言う「二分心」は2つの部屋からなり、聞くことはすなわち従うことであった。

 

■4■ジェインズはこの「二分心」が、社会生活の中で発達した言語と比喩によって人間が「意識」を持つようになって衰退したと論じる。脳内の神託が消え去り、外での神託や偶像崇拝も廃れる一方、人間は認知力が爆発的に向上し、「自己」を築き上げるようになり、情動から感情が生まれ出たとしている。

 

■5■この二分心に似た幻聴については統合失調症において研究されている。統合失調症にも様々あるが、幻聴を自己の発するものと認識できずに、それを外部からの声・他者の声と認識するのだ。健常人の幻聴もしかりだ。しかし脳をスキャンすると、その声が自分の頭の中で生じるものであることが分かる。

 

 

■6■かつては神・天使・悪魔・守護霊・先祖霊などとして捉えていた、その自分のものとは思えない頭の中の声や言葉を、現在ならば宇宙人・未来人・妖怪・地底人などとも捉えている。そこから半歩進もう。その声を聞いている「自己」は発声主と本当に別なのか?いわゆる自己の中の自己他者問題である。

 

■7■言葉と象徴は、感じたり考えたりしたことを他者に示す時に役立つ。そしてそれは自分自身に対してもなしているのだ。自分自身に話しかけている時、自らが作り出した象徴の自己なのだ。自己他者問題では他者を象徴的に表現するが、ここでは象徴による第2の自己の存在が、最初の自己を変えるのだ。

 

■8■単なる二元の自己ではない。統合失調症の幻聴であろうと、健常者が自らの心の中で自らの内外の世界を自分自身に説明している言葉と象徴であろうと、それによって脳内の化学的物理的構造がリアルで変わることが明らかになってきている。現代版の「二分心」はまさに自己再帰的なニ而不二なのである。

 

■9■ルネ・デカルトの「私は考える、ゆえに私はある(Je pense, donc je suis.)」の私・自己そのものについての更なる考察が必要なのだ。自らが考えていると考えている文言や言い回しはどこからやってくるのだろう?それらは自らに絶えず為している説明や幻聴と、どのように異なっているのだろう。

 

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(※)ちなみに私は何か尋常でない情報や聞こえたり、見えたりすると言うような超常的な経験も能力もない。肯定的な意味での幻聴・幻視能力がないということ。それらに関しては、誰でも可能だと考えるが、能動的にできる人、受動的になされる人、不要な人と、そして不要な時期があると考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


赤沢温泉「赤沢温泉館」再訪

 

■2012年に訪れて以来だから、6年ぶりの再訪だ。もう湯質や湯使いを云々する必要のない絶好のロケーションの勝利だろう。前回のイメージに加え、この日は快晴。料金は高めの1,550円(平日)だが、半日・1日ゆっくりできる。

 

前回来訪時のHP温泉記事。↓

http://metatron.la.coocan.jp/zone-25/205spa.htm

 

■ここに来る前の宿の朝バイキング食でたらふく食べたので、お昼の代わりに窓外の景色を眺めながら、私だけビールと好物のイカ(笑)。明るい風景を見ながらのちょい飲みはちょっとした喜びです。そしてその後、畳敷きで景色は光いっぱいの海が眺められる休憩室でごろごろするのも心地よい。

 

       

 

■最近の温泉施設では撮影禁止、スマホ等持ち込みも禁止なので、しかたなくここの公式HPの画像を借用した。この日は頭にのせたタオルがふっとぶほど風が強くて、露天でだらりと半身浴などいると気化熱を奪われて体感温度的に寒かった。しかしそれでも首まで使っていれば、それはもう快感至極。

 

 

■3階と4階の浴場は男女が子によって交代するのだが、4階の方の露天は頭上に何も遮るものがない分、青空の広がりに余計爽快感を覚えるらしいが、個人的にはまだそれは未体験だ。いずれゆっくり半日なりと海を眺めながら湯と畳の上で交互にゴロゴロしたいものだ。

 

★所在地:静岡県伊東市赤沢字浮山163-1  TEL.0557-53-2617
・営業時間/平日10:00〜22:00、 土日・繁忙期 9:00〜22:00
・料金/平日1,550円、土日・繁忙期/1,900円
・伊豆高原駅より無料送迎バスあり。

 

)画像3はTravel.jpより
https://www.travel.co.jp/guide/photo/18051/3/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


伊東温泉「ホテル暖香園」

 

■温泉地の中心部に位置する伊東温泉「ホテル暖香園」は、創業明治22年の100年を超える老舗温泉宿だ。客室数120室ある大きなホテルだが、自家源泉を所有している。画像にある各部屋の窓の形を見てもらうとわかるけれど、どの部屋も広縁が出窓のように2面の窓があって明るい。

 

 

■到着が予定より遅れ、多人数の団体さんもほぼ同時に到着したので、チェックインしたらすぐに取りあえず浴室に走った。ちょっとうれしかったウェルカムドリンクも、一旦温泉に浸かってから頂いた(笑)。あと、いろいろな浴衣のサービスも、基本的には女性だけだけれどあったな。

 

       

 

■ここには大浴槽2つ、露天2つがあり、日をまたいで男女交代となり、全ての浴槽に入ることができる。露天のある場所はちょっと閉鎖空間だが、一人でいる分には心地よい。他人数で入ること自体に、最近ではあまりなれなくなってしまった。お金で得る贅沢とはまたちょっと違った、巡り合わせ運の贅沢病なのかも(笑)。

 

■泉質は無色透明の癖や嫌味が無い優しい感触の単純温泉だが。すこしだけとろみがあるアルカリ性の湯で、いわゆる美人の湯系だ。湯上がりの肌はなめらかな感触になる。スマホのカメラのタイマーが消えてしまったので、急遽手取りの自撮りに変更。アップには堪えないので、切り取って小さく張り付けてみた。

 

 

■夕食時に女将があいさつ巡りに来たのだが、愚妻と妹が女将が美人だと騒ぎ、改めて一緒に写真を撮ってもらった。後でwikiで調べたら御影京子という元女優さんで、引退後はここの女将になったとある。温泉宿にはそういうこともあるんだな。

 

 

■やはり宿の女将としてもだけれど、年期と品格を感じる。そして動きにも気配りにも抜かりがない。個の画像を取った後、自然に自らの仕事に戻っていったのだが、私の前にある空いた容器をさりげなく下げていったのはさすがプロだと思った。

 

■半世紀以上前の、清楚な女優というスタイルのプロマイドが、今でもネットで入手可能になっていた。いろいろな時代劇に出たりした後、引退して温泉宿の女将に転身。どんな人生の変転があったのかなかったのか、人に歴史あり。いろいろ考えさせられる。できるだけ明るくだけれど(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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