千年温泉を巡るということ

 

■1■「人は同じ川に2度入ることはできない。」ヘラクレイトスの物言いだ。川は同じように流れているが、2度目に入る川の水は最初の水ではない。行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。」こちらは鴨長明の『方丈記』の出だしである。

 

■2■実は変わりゆくということこそが良いと主張する哲学者のパラドキシカルな話のツカミや、諸行無常という概念を諦念の侘しさに染めた隠者の語り始めのトーンにも揺るぐことなくこう言おう。「人は同じ温泉に何度でも入ることができる。」同じものは何か?温泉の名前なのか。それともイメージや効能?持続するのは何だろう。

 

■3■天然の温泉は実にデリケートで、日によって湯音や湯量や温泉成分が変わったりする。色が何色にも変わることも珍しくない。地震や天変地異で泉質が変わったり、枯れてしまったり、また新しく湧出することもある。温泉天国である日本列島には千年温泉というものがある。千年かそれ以上昔から絶えず湧き続ける名湯のことだ。

 

■4■ブラジルにシャコペエンセというサッカーチームがある。コパ・スダメリカーナ決勝のためコロンビアに向かう途中、チャーター機が墜落して選手のほとんどが他界した。サッカー界ではクラブ再建のため所属選手をシャコペエンセに移籍させるという協力体制を打ち出すクラブが多数ある。ほぼ全取っ替えだがチームは存続する。

 

■5■ここまで極端でなくても、野球やサッカーなど、年を経て選手がみな変わってもチームは変わらない。何が変わらないのだろう。思い出?愛着?伝統?絶えることなく持続するものは何だろう。名前?共有する概念?抽象的な何らかの継続するカタチを私たちはそこに見る。千年を軽く超えて人間がに入り続けた同じ温泉のカタチ。

 

■6■泉質が変わったものあれば、名前が変わったものもある。次々に湧出しては溢れ出て流れ去る湯はまた、逆に千年以上前の湯と同じであるとも表現できる。確実に確認されるものだけでも、百十余の「千年温泉」が日本にはある。1000年1500年2000年もの間、枯れることなく湧き続けて人々を癒し治し続けてきた。積み重なる思い。

 

■7■古い温泉にはほぼ温泉神社や温泉寺がある。歴史があればよいという話ではない。どれだけ多くの人たちに有難がられ、実際に助けてきたことだろう。その地の磁場や湧出する温泉に、日本の歴史以上のものが積み重なり持続している。巡礼やお遍路のように千年温泉を巡ってその湯に浸かり、己が身にその継続するもので染める。

 

■8■古湯に残る日本的霊性やその地の精神性や生命力についての総体的研究はあまり聞いたことがない。病から立ち直り、また若返りを果たした者もいれば、湯治も虚しく死んでいった者もいよう。また子宝の湯という表現もあるが、湯の効能だけでなく実際の巡り合いや睦み合いもあっただろう。人間と温泉の千年二千年史を考える。

 

■9■頭で考えるだけでなく実際に全身で浸かり、この生命にそれを刻み込みに行く。ただし巡礼やお遍路のように信仰や使命感からの苦労や苦痛を味わうのではなく、湯に浸かった時のあの心地よさがそこにはある。そこに生き様を重ねに行くのではなく、そこから心地よい未知の力積を授かりに訪れるのだ。あと50余りが未湯である。

 

■10■50湯100湯とは言わないが、1湯2湯なりとこの千年温泉に共に浸かり、そのここで異なるその味わいを交流しながら、千年、二千年、それ以前から続く、日本人と温泉の関係や特異性について話し合うような機会がこれからもあるに違いない。そして私たちの心身や精神にこそ、その変わらないものがあると気づくのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


加賀山中温泉とゆかたべー

 

温泉平和主義でいずれリアップするが、ここで切り離して見てみよう。昔の加賀の中山温泉には多くの宿に「ゆかたべー」がいた。ゆかたべーというのは妖怪ではなく、16歳未満の娘たちだった。

 

昔は旅館に内湯がないので、客を総湯(町の中央にある共同浴場)まで案内したり、浴衣を持って客の湯上りを待っている仕事だ。温泉には待合室もない。べーとは石川県の方言で少女のことだ。

 

ゆかたべーは16歳を過ぎると、シシと呼ばれる湯治客相手の遊女になった。民謡「山中節」の一節に、「ゆかた肩にかけ 戸板にもたれ 足で呂の字を書くわいな」というフレーズがある。

 

 

「呂」とは江戸時代の隠語で「キス」を意味するんだそうだ。確かに文字の形を見ると口と口がノで繋がっている。自分の名前()の中にあるので漢和辞典で調べたら、背骨の象形文字だった。

 

美少女のゆかたべーもいただろう。客にもイケメンはいただろう。様々に通う思いも通わぬ夢もあっただろう。今はもうとうに絶滅しているけれど、雪の中、凍えながら浴衣を抱えて客を待つゆかたべー。

 

多くの客の中で、自分の宿の客を間違えないのが誇りだったという。ゆかたべーは浴衣をはていない。色々とイメージが湧く。石川県人にそのあたりの詳しい歴史を聞かせてほしいところである。

 

)通常は「小野満麿」と称しているが、戸籍上の本名は「小野満麻呂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


伊香保温泉「露天風呂」

 

■水上駅からわずか3両普通列車に乗って、渋川に移動した。もうさすがに寒いので今日は早々に名古屋に戻ろうと思っているんだけれど、行きがけならぬ帰りがけの駄賃に(と言っては失礼だが)、ずっと行きたかった伊香保温泉に引っ掛かって行くことにしたのである。

 

 

■渋川で観光案内所にバス乗り場を尋ねると、日帰りならば1日乗車券が安いし便利だと教えてくれた。停留所に移動したらすぐ関越バスが来たので飛び乗った。案内所で教えてくれた通り、このバスは伊香保のバスターミナルではなく階段下を通る路線だったけれど問題はない。ところがバスを降りてびっくり、階段口が広くなってる。

 

       

 

■平成22年に改修増築したらしく、真ん中に温泉のカスケードまでできている。階段の一番上にある温泉神社まで全部で365段だと書いてある。暦や惑星地球を語ったりとた者としては、そら登らにゃ行かんでしょってわけで、景色や左右の店先を眺めながら、目安の段数が書いてある伊香保の階段を、踏みしめるように登っていった。

 

  

 

■着てみて初めて分かったが、伊香保温泉はかなり高い丘陵地にあるので景色がいい。そして辺り一面紅葉がまさに真っ盛りだ。左右の店や横道を眺めながらゆっくり、疲れることはない。365段を登り切ったところには伊香保神社がある。境内社にタメミナカタ神の名がある。主祭神を挿げ替えられる以前から祀られていたのだろう。

 

 

■その拝殿の横の道を通って、迷うことなく露天風呂に足を向ける。「伊香保露天風呂」といえば、ぐるりと歩いた先にある、温泉好きには超有名な源泉ドバドハの立ち寄り温泉施設だ。行く途中の紅葉を眺める人たちの多さには驚いた。河鹿橋という朱塗りの橋周辺は紅葉時の名所で撮影スポットらしい。確かに赤・黄・橙と美しい。

 

       

 

■この人手では混み混みかなと思いつつ、飲泉場の横を通って露天風呂に辿り着く。木戸を開けたら無人だった。一緒に入った埼玉の大学4年生が帰った後は、女性用の露天風呂に行く人は少なくないが、男湯には長いこと客が来ないままで、にやけ続けたいほどの独占状態が続いた。周囲は紅葉真っ盛り。湯は濃くて効用大の黄土色だ。

 

 

■この地も源泉を統括しての供給だが、毎分5000リットルが注ぎ込まれている。桁違いの湯量だ。その源泉の湧出口から一番近いのがここだ。贅沢にも程がある。新鮮で良質な湯水を湯水のように使っている(いやいやこの表現には明らかに語弊がある)。温泉街の宿よりさらに新鮮で、当然使い回し一切なし。悶絶ものの至福である。

 

 

■あつめの湯とぬるめの湯が間仕切りで分けられているのは画像でよく見るが、この仕切り板の横にスリットが入っていて、ここを通って湯口のあるあつめの湯側からぬるめ側に流れ込み、そしてそれと同じ量がやはりぬるめ湯側にある別のスリットから流れ出している。誰が入っていてもいなくても自然の恵みは分け隔てなく湧出する。

 

 

■雪見露天はかなり体験したが、これ程に見事な紅葉露天モードはあまりない。新しい男性客が来たら出ようと思ったが、小一時間は男の客が来なかったので、もうこれ以上入っていると後で疲れが出そうなくらいまで浸かっていて、今日はすっかり満足した。立ち寄りの旅館もチェックしておいたが、すでにこの身体記憶で十分だった。

 

■次回は宿泊だな。伊香保の辺りは車で来ても随分と面白そうなところがあるようだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


水上温泉「水上館」

 

■新潟県の温泉を味わい続けようと思っていたが、今日は雪国に襲来する寒冷前線に追われるようにトンネルを抜けて、関東平野北端まで逃れることにした。そこで月岡温泉からシャトルバスで豊栄に戻り、そこから新潟に出て新幹線に乗り、上毛高原で降りてから水上温泉まで路線バスで戻るという、時間最優先のルートを選択した。

 

 

■月岡温泉でも有名な共同湯「美人の湯」の一番湯をもらってからゆっくり11:00のバスに乗るという手もあったが、結局足早にチェックアウトして9:30のバスに乗った。新潟で昨日と同じ駅傍のタリーズコーヒーで時間調整をする。アメリカ大統領選が気になって、何度かTVニュースやネットをチェックする。順調ならトランプだが。

 

 

■午前中は雲間から陽光が恩寵のように差し込んで美しい天気だったが、新幹線が走り出す頃には灰色の雪雲が青空をすっぽり覆ってしまった。越後湯沢は風交じりの雪で、黒々とした山には白く雪が積もり始めていた。頭の中はまだ秋色を拭えぬまま、薄っぺらな服装で、「雪国」からトンネルを逆に抜けての1人遁走劇を演じている。

 

 

■上毛高原駅。以前ここに降り立つと、晩秋の色合いたっぷりの空気だ。以前、法師温泉を訪れた時もこんな天気だった。上毛高原は冷たい空気というイメージが強い。さてここから路線バスに乗って水上温泉方面に戻る形になる。新幹線の駅構内に暖かい待合室があってよかった。しかもPC用の電源コンセントが沢山備え付けてある。

 

 

■宿は川沿いの「水上館」という鉄筋11階建ての大型旅館だ。連日の「もう沢山です、これ以上食べると苦痛〜」の限界までの豪勢な夕食を外して、一泊朝食付きプランにしてみた。水上温泉でバスを降りると山を越えてきた雪に追いつかれた。チェックインは午後2時からOKなので、早々に入って複数ある温泉で温まることにした。

 

 

■宿も大きいが、部屋も広い。バスも広いトイレも付いている。1人で使うのには十分だ。早速浴槽に向かう。3つの貸切風呂を含めて16種類の風呂を、男女時間交代制にして全てを湯めぐりできるようになっている。先ずは大浴場の「水晶風呂」へ。御影石造りの水晶風呂、総ヒバ造りの内湯、そして対岸に源泉がある樽型露天がある。

 

       

 

■ここの湯は無色透明のカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉で、動力揚湯の湧出量は700リットル/分、泉温46.2℃、pHは7.6と分析表には記されている。新潟の濃い温泉たちに入った後では、優しいけれどインパクトが弱いと思えてしまう。まあ大規模な宿の使い方だから、むしろ雰囲気や広い解放感も加味して寛ぐべきだろう。

 

 

■窓の外では紅葉真っ盛りの山々の頂には雪が積もっている。秋と冬がせめぎ合うというよりもつれあい、雪と枯れ葉が強風に吹かれて一緒に流されていく。来るときに食事処をチェックしたのだが、午後休み中なのか閉店したのか閑散としていた。夕刻に散歩して、開いていた普通の食堂で夕食を済ます。温泉街の元気のなさが心配だ。

 

       

 

■夕食時をもって男女が切り替わるので、やはり部屋の近くにある大浴場「牧水の湯」に行ってみる。この牧水は「みなかみ紀行」を書いた若山牧水だろう。「白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」を詠んだ歌人だ。なおこの「みなかみ」は利根川の水源という意味で、水上温泉には足を運んでいないらしい。

 

 

■食事時の直後ということもあり、先客は一人きりだった。露天風呂は改装中で入れなかったが、畳敷きの長い廊下でのアプローチも良い。浴室は濃く立ち上がる湯煙の中、檜の太い柱と梁で支えられた重厚な造りが好ましい。広く取ってある窓の外は、利根川の源流に当たる渓谷で、紅葉がちょうど美しい。湯上り後の休憩処も良い。

 

       

 

■プラン的に宿の方は放りっぱなしにしてくれるので、到着から出発まで気まま快適に過ごせた。朝は5時から残された「奥利根八景」に向かった。この老舗旅館の館内は利根川亭南館・利根川亭北館・谷川亭の3つが合体した複雑な構造で、多数あるエレヴェーターを使うのも注意が必要だ。個人的にはこのダンジョン感は好きである。

 

 

■さて「奥利根八景」に行くことができる唯一のエレベーターで谷川亭地下二階へ。外はまだ暗いのに、すでに何人かが一番風呂に入りに来ていた。浴室内はそれぞれ特徴のある8つの小さめの浴槽があり、窓の外はかなり近い渓流の川面が見えている。湯はみんな同じだが、取り敢えず眠気を覚ますべく1つ1つ入ってみることにした。

 

 

■先ず一番手前には奥利根の湯で、これが一番広い。片側に洗い場が縦についているレイアウトを進むとジャグジー風呂と、月夜野の工芸ガラス使用のクリスタル風呂がある。入ってみると外の光が確かに透けて湯の中に入ってくる。さらにヒノキ風呂、な月夜野焼きの辰砂の湯、三波石使用の洞窟風呂があり、最奥には露天風呂がある。

 

 

■広い浴槽が複数あるのに、このようなプチ温泉ランド風のものは要らない気もするけれど、まあバリエーションを好む客もいるだろうから、これはこれでアリなのだろう。朝食後に改めてここ「奥利根八景」と「牧水の湯」に入って資料写真を撮る。朝食は7時〜9時でバイキング形式。郷土料理メニューも多く、満足して食べられた。

 

 

■水上温泉は上越線水上駅下車から徒歩で5分程とアクセスが良い。しかし暫らく散歩してみて、余りにも多くの温泉旅館が廃墟と化しているのが気に掛かった。開湯は永禄年間というから16世紀中頃か。以来雄大な渓谷美と調和した山中の温泉地だったが、上越線が開通すると、団体旅行客を多数収容できる行楽温泉地として発展した。

 

      

 

■上越新幹線の大清水トンネル工事によって源泉枯れや湯量減少が発生し、公団側よって補償として新規源泉開発がなされた。そしてバブル崩壊後、団体客の減少や客のニーズ変化により急激に衰退した。あの熱海温泉のようにだろう。今日では生き残りを賭けて、温泉保養リゾートを目指しているとか。ぜひとも存続してほしいものだ。

 

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★この老舗の巨大温泉旅館「水上館」は、宿泊部屋や温泉施設だけでなく、一休みするような空間があちこちにあって、実にゆったりしている。そして窓の外は谷川。この渓流は利根川の源流だった。画像の空間は川の上に突出しているんだねこれが。

 

       

 

★そこに紅葉した木々と清冽な流れ、さらには雪も舞うという状況を、暖かい風呂上がりの休憩所からほんやりと眺められるんだよね。設備も人間の在りようも無駄ではなく余裕。雪に追い立てられつつも踏みこたえながら、またもやついエセ文豪ポーズ。

 

 

★それにしても紅葉が物凄い。単に美しいとか色鮮やかというだけでなく、若葉が萌え出ずる春のあの蛍光色のように眩しい黄緑色とも比されるだろうか、緑から赤や黄や橙色へ移行した直後の色合いが鮮烈で眼だけでなく心にまで突き刺さるようだ。

 

 

★こんなに晩秋の木々の色の移り変わりに心を奪われているのは、生まれて初めてかもしれない。温泉巡りの旅なのに、冬の波頭の寒気が雪をまぶしながら色を鮮やかにしているようで、それが風に煽られて次から次へと舞い降りてくる。枯れ吹雪。

 

★鮮やかな色合いに周囲を包まれたまま息をすると、まるで濃い色のついた温泉に全身が包まれた時のように意識が変わり行く。言葉や記憶に定められない何かを思い出そうとしているようだ。日本人の抒情性とか、世界と不二の心の在りようなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


月岡温泉「ホテル大洋」

 

■月岡温泉の立ち寄り入浴候補として、湯質重視で入浴した人の意見を参考に、今回は源泉に最も近い宿の「浪花屋旅館」、湯上り後に休憩所もある「ホテルニューあけぼの」、ほぼ掛け流しでマニアが讃える「ホテル大洋」、そして共同浴場「美人の湯」を候補にしていた。しかし歩いていったら「美人の湯」は火曜定休で閉まってた。

 

 

■隣りの「ホテルニューあけぼの」は団体が2つ宿泊予定で、忙しそうだったので、徒歩で1分もない「ホテル大洋」で立ち寄りをお願いする。泊りたかったが一人泊不可なので、近く宿をに取って来たと言うと、女将さんはせっかく来てくれたのに悪いから、まだ客が来ていないのでどうぞと言って、忙しい時間でも入浴させてくれた。

 

 

■ここは月岡温泉でも数少ない掛け流しをしている温泉宿だ。500円を払って早速浴室に。シャワー付きのカランはわずかに2つで、窓に対する左右両側に板張りが迫る実に趣のある風呂場だ。湯口から湯が注がれており、手前右の石の切り口からは湯が流れ出ている。一部循環加温らしいが、湯は人が入っていないので新鮮そのものだ。

 

■見た目は掛け流して新鮮なために、酸化が始まって月岡特有のグリーンになる前の透明湯なんだけれど、湯船自体の酸化もあってか、湯船の中はちょっと見はコールタールっぽいほど黒く見える。ぬるめヌルヌルの最高の浴感だ。ちょっと口に含んでみた。エグニガしょっぱい。ぬるめ好みにはいつまでも浸かりたいジャストな湯温だ。

 

 

■月岡温泉の開湯は1917(大正4)年だ。石油会社が油田開発のために掘削したところ、硫黄成分が濃厚な温泉が湧出した。しかし原油は出なかったので放棄され、この地に共同温泉が開かれたのだ。湯量が豊富で美肌に効く泉質のために有名になり、今では福島県の磐梯熱海温泉、いわき湯本温泉と共に「磐越三美人湯」と呼ばれている。

 

■浴槽も湯船も味わい深く、存在感がある。静謐感もある。そうそう、この宿は私が大好きだった故千代の富士が湯治をした後に、53連勝を記録したという宿でもあったっけ。ホテルと名が付いているが、昭和レトロな匂いがする和風旅館である。ただし内装や施設は思っているより豪華な作りである。私はここがとてもに気にいった。

 

★所在地:新潟県新発田市月岡温泉370−2 TEL.0254-32-2411

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


月岡温泉「したしみの宿東栄館」

 

■咲花温泉には的な元湯共同がなく、その代わりに「湯めぐり手形」というものがある。1500円で3つの宿の立ち寄りができるので利用しようと考えていたけれど、湯の質感も分かったし、阿賀野川を眺めながらの入湯気分も充分なので、チェックアウトするとすぐに駅に向かった。二階に展望台のある不思議な駅舎。待合室が暖かい。

 

■磐越西線で新津を通って新潟に向かう。そこから白新線で豊栄駅から月岡温泉へのシャトルバスに乗るのだ。路線図だけ見れば、わざわざ新潟まで出て乗り換え込みで10個先になる豊栄まで行かなくても、新津で羽越線に乗り換えて4つ目の月岡に行けば良さそうに思える。しかし2002年の1月に月岡駅で下車した時の経験で自得した。

 

()その時の記録→ http://metatron.la.coocan.jp/zone-21/tramaro11.htm

()2002年のこの時、なぜ新潟にいたのかとチェックしたら、多面体の制作と話をしていた。話している内容の骨子は今でも変わっていないことにちょっと驚く。
  
http://metatron.la.coocan.jp/zone-21/tramaro05.htm
  http://metatron.la.coocan.jp/zone-21/tramaro06.htm

 

 

■新潟から豊栄は心細いローカル線ではない。ホウエイと読んでいたけれど、豊栄はトヨサカと読む。地名駅名は読めないものも少なくない。2002年の時は新発田をシバタと読めずにシンホッタだと思っていた。昨日の秋晴れとは打って変わり、今日は寒い曇天から雨に変わった。ほぼ満席のシャトルバスは、月岡温泉新湯前に停車した。

 

■地図で見ておいた通り、今夜の宿「したしみの宿東栄館」はバス停のすぐ前だった。今朝の未明に、ネットで「一人旅ぶらり月岡温泉旅♪天然温泉&新潟の味覚で『おひとりさま』を満喫!1泊2食 」というプランをネット予約したところ。ここも夕食は部屋出し仕様だ。和室10畳とゆったりした広縁で窓外は月岡温泉の中心地だ。

 

 

■さて早速温泉に向かう。浴室に入る前から、硫化水素臭が心をかきたてられる。この宿には大きめの浴槽が2つあり、男女が日替わりで両方入れるシステムだ。月岡温泉源泉協同組合からの配湯で、泉質は含硫黄-ナトリウム-塩化物温であるだ。硫黄成分は濃く、主成分である硫化水素の含有量は万座温泉と日本で一、二を争うという。

 

 

■硫黄泉には「硫黄型」と「硫化水素型」がある。前者は「硫化水素イオン」が主成分で湯に溶け込むのでアルカリ性の湯に多い。月岡温泉はこちらだ。後者は「遊離硫化水素」が主成分で、万座温泉など酸性の湯に多い。源泉温度が80℃ほどの万座温泉の遊離硫化水素は揮発しやすいが、源泉温度50℃ほどの月岡温泉は成分が安定する。

 

 

■今の温泉法の定義だと、硫黄含有量が1mg/kgを越すと温泉と認められ、2mg/kg以上だと「硫黄泉」と泉質名がつく。硫黄型日本一を自称するここ月岡温泉の硫黄含有量は150mg/kgとまさに桁が違う。外は雨がはらはらと降っているので、月岡の町の散策はせず、24時間入浴可能のこの宿で、今日もゆっくり部屋で寛ぐことにした。

 

 

■新潟の宿はどこもお米が美味しいので、つい完食してしまった。これ以上は苦痛になるという臨界点直前だが、宿の人としては全て食べてもらった方が色々と嬉しいらしい。今日までの3つの宿は、一人泊は当然だが全て無線ランがあったので、ネット接続しての次の宿の検索や予約がスムーズにできて楽だった。この日も早々に寝た。

 

★所在地:〒959-2338 新潟県新発田市月岡温泉552−2 TEL.0254-32-2711
http://toueikan.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


咲花温泉「碧水荘」

 

■会津を訪問した時、阿賀川は日本海に注ぐのだが、新潟県に入ると阿賀野川と名前を変えるということを知った。そしてその阿賀野川の河畔に咲花温泉という綺麗な名前の温泉地があることも知った。今回はこの新潟の奥座敷の1つである温泉地に新潟側からのアクセスだ。2時間に1本しかない列車で駅に着いたのは2時26分だった。

 

 

■予約したチェックインの3時までに微妙な時間がある。2年前に改築されたという無人の駅舎を出て、右に坂を下っていけば、その最奥に今夜の宿「碧水荘」がある。場所の確認をしたあと、そのまま河畔のコンクリートできれいに整備された堤防を散策した。対岸の山々の山の端がきれいに紅葉しており、川の水は滔々と流れている。

 

 

■待ち切れずに3時少し前にチェックイン。前夜にネットで予約しておいた、和室8畳+広縁で夕食は部屋出し、一人泊9000円というプラン。部屋は落ち着いていて雰囲気がある。窓を開ければ阿賀野川。二人以上だと8000円になるらしい。実にお値打ちだ。ここの屋根掛けの露天風呂は貸し切り制で、5時過ぎしか開いていなかった。

 

 

■もう一つの内風呂は、この早い時間だから当然独占状態だ。護岸工事をしたからなのか、少しだけ川が遠くなったけれどまあ全然問題はない。この地の湧出量は半端ないみたいで、結構大きな宿がいくつも建っているが、基本的に全て掛け流しのようだ。お湯は綺麗な緑色。いわゆるエメラルドグリーン。月岡温泉と同じ系ではないか。

 

 

■源泉は咲花6号泉で、泉質は含硫黄-ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉。加水・加温・循環は一切なし。消毒剤も使うことなく、源泉温度は48.3℃で、浴槽温度は湯量で調整している。もちろん掛け流しだ。窓越しに光の中の阿賀野川を眺めつつ、緑色の程良いお湯に何も考えずに浸かっていれば、ちょっとだけいい奴になってしまう。

 


 
■さて問題の露天風呂だが、貸し切りの時間が午後5時45分からなので、案の定日は暮れて外はもう暗くて何も見えない。咲花温泉の湯は全体的にぬるめらしく、ぬるめ好きには有難い。しかし広い2つの浴槽は熱めとぬるめ分かれているのだが、一度熱い方に入ってしまうと、もうぬるめの方にはぬる過ぎてしまって戻れないくらいだ。

 

       

 

■露天風呂はかなり暗いので、極端に怖がりの私はもっとびびってしまっても不思議ではないのだが、ここの土地のせいなのだろうか、ほとんど怖さを感じずに長湯できた。部屋に戻ると夕食だ。目の前で小さな釜でコシヒカリを焚いてくれる。ご飯と味噌汁は40分お預けということだ。久しぶりにTVを見ながらゆっくり箸を動かした。

 

 

■咲花という地名が気に入っている。読みはサクハナではなくサキハナなのだが、咲花という字を見ると、木花咲也姫を連想し、さらに咲也というキャラクターが出て来る大島弓子の漫画を思い出す。元々は佐取村「先鼻地」という地名だったが、 阿賀野川のほとりに「湯の花が咲く」とういところから咲花という文字を使ったらしい。

 

■お姫様とか花に関わる美しい恋愛の話でもあってよさそうなので、地名の由来にはちょっとがっかりだけれど、まあ「湯の花」がらみなので特に文句はない。新潟県が生まれた地だからというのも結構大きいと思うが、昔の様々な思いでもよみがえり、別の次元と繋がっているような至福感があった。静かな長い一人きり(猫なし)の夜。

 

★所在地:〒959-1615 新潟県五泉市佐取3062番地 TEL.0250-47-2011
http://www.hekisuisou.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


秋葉温泉「花水・kasui」

 

■新津温泉を満喫してから、新津駅まで戻るより、このまま磐越西線を会津方面にさらに歩いて、一駅先の東新津駅のすぐ傍にあるという秋葉温泉「花水」に向かうことにした。普通に歩いてもまあ30分ほどだろうから、東新津から本数の少ない列車に乗るまでに小一時間は滞在できるだろうと踏んだのだった。線路に沿って歩き始める。

 

■線路を右手に道なりに歩く。辺りは秋色一辺倒だ。日差しの中をしっかりした足取りで思いの通りに歩く。ただそれだけのことが実に奇跡的にも思える。今年の前半は、床から立ち上がるのに5分、トイレまでが百メートルの道のりのように感じられた身体不調の時もあった。人間はなんとしなやかに世界の中で二足歩行するのだろう。

 

 

■そんな思いも去来して、済んだ大気の中をどんどん歩いた。そして歩きすぎて、目的の東新津駅をかなり通り過ぎてしまった。とちゅうから線路と道路が離れていることに気付かず、温泉施設が目に入るはずだからと思い込んでいた。踏切を渡って1キロほど行ったところで、さすがに不安になってGPSでチェックして気が付いた。

 

 

■踏切の分岐点からさらに歩くと、秋葉温泉「花水」があった。東新津駅のすぐ隣りだった。まあ、健康だから歩くことも楽しいと思いつつ、駅の時刻表を確認する。案の定、後30分ほどでやってくる。しかしただ無人の駅舎出待つのもつまらないので、ちょっと場違いな南欧風の外観の「花水」を、駆け足でチェックすることにした。

 

       

 

■入場料950円は、地方の施設としてもちょっと高めかな。おしゃれなテイストで女性客に受けが良さそうだが、男性もちょっと立ち寄りではなく、半日、一日ゆったり過ごすつもりならばリーズナブルかな。内部は都会風の温泉施設で、レストランから休憩所までいろいろ揃っている。ゆったりせずに私は駆け足で取り敢えず浴槽へ。

 

 

■浴槽は大きい内湯と露天が1つずつで、男性浴槽は直線的形状だ。想像していたよりは個性的な浴感だ。加水・加温・循環ろ過・殺菌消毒全てありだがこれだけ大きい施設だとやむを得ないのだろう。源泉名は秋葉温泉で、泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉で、泉温は56.7℃、pHは7.9だが、なぜか湧出量が不明になっている。

 

 

■脱衣所にある2002年のオープン時の成分分析表では、陽イオンはナトリウム3086mg、陰イオンは塩素塩素4064mg、炭酸水素1062mgなどが突出して成分総計8694mg/kgとかなり濃い。2004年の中越地震後には炭酸水素イオンは3倍の14300mgになったが、その後温泉濃度は年々薄まってきているらしい。差異をゆっくり確認してみたい。

 

★所在地:新潟県新潟市秋葉区草水町1−4−5 電話:0250-24-1212
http://www.casui.net/top/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


新潟市秋葉区「新津温泉」

 

■長岡の宿で夜中にネット検索をして色々考え、7日は長岡から花咲まで行って、阿賀野川河畔にある咲花温泉に投宿することにした。信越本線と磐越西線が交差する新津で乗り換えるのだが、そう言えば新津には、温泉マニアの間では油臭日本一などと称さていた「新津温泉」という温泉施設があることに気がついた。

 

       

 

■事前に新津駅から新津温泉までの地図を頭に叩き込んで駅から歩きだしたのだけれど、やはり地図と現地、情報と本物は大違いというか、少し余計に道に迷った挙句、目視で工事現場のような建物を発見。料金は400円。初めてだと言うと、先に入ったおじさんについていってと言われた。思ったより長い廊下を歩く。

 

 

■手書きの注意書きも通路も脱衣所も、温泉好きが喜びそうな独特の雰囲気がある。脱衣所と浴槽に入る時に、常連と思われる客たちに挨拶をしたら「ここに入ったら浮気はできないよ」と言われた。この油臭が体に纏いつくからだと言うけれど、本当はこの湯力の虜になって他の湯には行かないとの自負もありそうだ。

 

 

■もう建物に入る前から臭う油臭は、決して不快ではなくむしろ心地よい。元々この辺りは石油を採掘していたのだが、今では温泉だけが残ったのだという。浴室には小判型の浴槽が1つだけと潔い。掛け流しなのに白濁気味で、肌触りは濃い目のトロトロ感で、肌を擦るとヌルヌル感もある。この浴感はたまらない。

 

      

 

■泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉で、源泉湧出温度は44.7℃、pHは7.6だ。成分総計は13,709.7mg/kgであ。実に濃い。湧出量は毎分19.8リットルで、ほぼそのまま掛け流されている。口に含んでみる。ちょいエグだが塩っぱさも良い感じ。新潟県を代表する超個性派温泉であろう。上がった後もぽっかぽか。

 

 

■なお、つい単純泉か普通の銭湯のつもりで、曇った眼鏡を湯に緒ロリと付けて曇りを流す動作をしてしまったのだが、湯が上がって外に出てから眼鏡を見て「ああ、またやっちまったなー!」と思った。眼鏡のフレームの黒い部分が温泉と化学反応してしまって真っ白になっていた。今回の旅はこのまま続くのである。

 

★住所:〒956-0864 新潟県新潟市秋葉区新津本町4丁目17−13
TEL:0250-22-0842 公式サイトなし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


伯父の一周忌で新潟へ

    

 

■上野駅近くの宿を取ってに前泊し、上野駅06:14発の上越新幹線の始発、とき301号新潟行きに乗った。1時間半ほど乗って07:49に長岡に到着。08:06発信越本線の直江津行きに乗り換えて、柏崎の手前の安田という駅に着いたのが08:42だった。今日は11時頃から始まる、母の兄に当たる伯父の一周忌に、愚妻と共に出席するのである。

 

 

■温かい駅の待合室で持参してきた礼服と黒いネクタイを見につけ、靴も持参した黒い革靴に履き替えてから、09:08安田発岡野町車庫行きの北越後観光バスの路線バスに乗って、09:26に田島入口で下車。そこから徒歩で5分弱で叔父の家に着いた。叔父は去年の11月に他界して、その時の葬式に来てからほぼ丸1年が経過したわけだ。

 

 

■喪主の従弟とは去年、その4年前に伯母が他界した時、そして2011年に私の母が亡くなった時と、最近は葬式と法事関係でばかり顔を合わせている。母方の親族とも同様だ。ここは私が6歳から9歳の夏まで過ごした地だ。雪の中を流れる川の青さや、木の又から舞い落ちる粉雪に陽の光が当たって煌めいていたことなども覚えている。

 

 

■今回は神奈川の藤沢に住んでいる弟、そして妹と甥っ子はみんな調子が悪くて参加できなかったので、母の血縁からは私だけの参列だった。菩提寺の僧侶が経を読み、法事が終わると、小型バスで移動して法事の後の会食である。葬式の後の会食は「精進おとし」と呼ぶが、法要の後は「御斉(おとき)」と呼ぶことすら知らなかった。

 

 

■子供の頃に共に遊んだ、喪主の従弟には娘が2人いて、姉はすでに社会に出ており、妹の方は名古屋の大学につい最近入学したと思っていたらもう4年生で、就職活動も上手く行ってこちらに戻ってくるという。彼女に車で安田駅まで送ってもらい、長岡に移動する。愚妻は明日仕事があるので、新幹線を乗り継いで名古屋に帰宅する。

 

      40年以上前に書いたペン画がかざってあった。

 

■私は今年は体調も優れない時期があり、ほとんど旅に出なかったので、せっかく新潟県に来たのだから、幾つかの温泉巡りをしてから帰ることにした。礼服から黒靴から法事の引き出物まで愚妻に持って帰ってもらい、ディバッグ1つと身軽になって、
この日は長岡で安宿を取ってそこで、明日の温泉宿を検索して予約することにした。

 

 

■長岡駅で愚妻と別れたのが午後の4時過ぎで、それからネットで長岡駅周辺の宿を探した。シングル(バス・トイレ無し 洗面所付き)わずか3000円という「HOTEL & OFFICE崇徳館」というところにじゃらんで予約して、すぐに行ってみた。入浴もでき、きれいだしそこそこ広いし、LAN無料接続なので快適だった。明日は咲花温泉。

 

■そうそう、東京駅や上の駅はたくさんの種類の新幹線が見られて、ちょっとした動物園の中にいるような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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