追いつき追い越せナゴヤドーム

 

10月5日(水)

■落合監督の存在とは全くないナゴヤドームの客の不入り状態を少しでも改善しようという試みで、「秋8チケット」ができた。午後8時過以降にに入場すれば内野席が千円になるというものだ。落合監督の首を切った球団を儲けさせるのは嫌だが、愚妻が強引に誘うのでとりあえず昨晩行ってみることにした。

■折しも長い不調からようやく好調の波に乗りかけている中日が、調子の落ちてきている首位のヤクルトをゲーム差1で猛追中の一戦だ。相手は赤ヘル軍団広島東洋カープ。最寄りの駐車場に車を止めて十数分歩き、券売所で「秋8チケット」を買ったらちょうど8時だった。試合はもう7回面に進んでいた。

■1−1で拮抗していたゲームは8回裏にブランコの豪快なホームランでリードし、9回表は浅尾がピシャリと3人で仕留めての勝利だった。まあブランコの生一発と浅尾の生セーブが見られての千円はリーズナブルかな。もつれる試合だと、この「秋8チケット」はもっとお得感が出て来るのだろうけれど。



10月6日(木)

■昨日はヤクルトが阪神に0−3で負けたので、ゲーム差はついにゼロになっていた。そして今日は着実に点を取り、ネルソンがしっかり押さえて8回まで5−0とワンサイドゲームだった。9回にバタバタして岩瀬まで出して5−3と勝ったが、ヤクルトが1−7で大敗したのでついに単独首位に立った。

■今日も愚妻に押し切られて名古屋ドームに来てしまった。内野席ではなく今日は5階席のバックネット近くの席にしてみた。こちらは当日券で2500円だが、私はこの席がかなり気に行ってしまった。豊田スタジアムでサッカーのフィールドを見降ろすのと似た感じで、試合の流れ全体が俯瞰できるのである。

■さてそのドーム5階席から見て一番印象に残ったのは、この日先発した中日のピッチャー、マキシモ・ネルソンの「でかさ」だった。内野席目線ではさほど気付かなかったが、上から見て返って分かる、目の錯覚かと思う背の高さ。204cmだよ!グランパスのケネディよりも甲府のハーフナーより高いんだ。



■打席に立つ姿を遠方上方から見下ろすと、「人」という字に見えるんだよね。普通の人は同じでも直線的なんだけれど、ゆったり滑らかな曲線の白い「人」の字に黒い頭とバットを持つ手がついている感じ。中日ドラゴンズの外人選手は真面目で優秀なドミニカンが多いけれど、太いパイプがあるのだろうな。

■あとドアラに入っている人が、1人ではないという驚愕の事実。かつてドアラは中日の守備と代走のスペシャリストである英智選手が入っているのではと思ったことがある。かつてドアラはキモ可愛いスレンダーだったが、最近のは普通の体型だった。回転捻りジャンプで1号(?)は足を痛めているのかな。












陰腹で勝負に臨むドラゴンズ



■今現在の中日ドラゴンズは陰腹を斬って勝負に臨んでいる状態だ。正確に言えば球団内部の落合嫌悪グループによって監督の首切りによって生まれた陰腹だが。選手たちの監督を有終の美で送り出すしかない奮闘と、古代中国や中世欧州の王の愚鈍な決定を封建時代よろしく異議を唱えない関係者の対比図式。

■成績が落ちても仕方がないからより集客能力のある監督をという発想や、監督の高額すぎる給料を抑えるためと言う経済優先主義は、金も客も人気も実益も、全て失う可能性もあるというシュミレーションができないなんて、マスゴミではない論調を持つ数少ない中日新聞と同系列とは思えない愚劣な行為だ。

■「名選手必ずしも名監督ならず」…よく言われるフレーズである。しかし落合博満は選手としても監督としても希有の天才だった。いや、過去形ではなく進行形である。その天才の2乗以上の者の首を、自らの矮小な経済効率や私怨や責任転嫁などで切った者たちを、私は原発推進軍団と共に絶対に許さない。



■私は根っからの中日ファンでは全然ないので、落合解任のニュースが流れたその日に名古屋ドームに行き、その外で「落合監督解任絶対反対!」と大きく書いた折り畳み式立て看板(撤収も展開も簡単)を広げてハンストをしようと考えたが止めた。そんなことをする熱烈な中日ファンがいないのが超悲しい。

■しかし中日ファン達に強く言いたい。落合博満という人間が今後も監督をやった方がいいと思う者がいるならば、これまでのようにどうせ決まったことは覆らないなど日和見せず、今からでも反対の署名や運動を起こして、現実を引っ繰り返す気概を見せてほしいものだ。脱原発同様、まだ十分に間に合う。

■長年見慣れたのもあって中日の選手たちは嫌いではないが、私はプチ中日ファンを来年から止め、落合氏がどこかの監督になるのであれば、今まで以上にそこを応援しようと思う。それにしてもこのような状況になって初めて、私は落合博満という人間が好きだったことを、これだけ熱くなることで自覚した。



■チームとはそのメンバーが時代や状況によってほぼ全とっかえ状態になったとしても、そこに通想低音のように変わらぬものが存在するから、同一チームとして認識され応援されているのだ。決してただ同じ名前の商業母体ではない。その普遍なものが地元OBで揃える部族主義だったら、もう終わっている。

■「たかが」と「されど」をセットにして、局所的なものごとの中に普遍性を、いや少なくとも一般的な価値を持たせようとするロジックも使い古されて久しい。「たかが『たかが』だが「されど」『たかが』」とか、「たかが『されど』だが、されど『たかが』」という発想もしろよ。…あーちょっと難しいか。 










落合監督解任と原発利権の相似妄想

 

■どうせ私は外様だから逆に好きな事を言えるのだと自任して、落合監督を退任させる中日球団上層部に対して勝手なことをもの申す。この脱原発の革新の時代に、新しい風をなどと嘘丸出しのキャッチフレーズぶっこいて、反動的方向にリセットしようとする勢力と同じベクトルだと敢えて曲解する私である。

■熱烈な中日ファンは球場の外野席で「落合監督解任大反対!」と1文字ずつのでかいプラカード持って意志を表す気概のある10人程の者もいないのか?原発反対と心の中だけで叫んでみても、反動勢力の既存のやり方に戻そうとするのは原発推進も仕方ないと意志表示しないまま諦める意気地なしでないのか。

■名古屋出身の女子大学生らが東京で脱原発のために10日間のハンガーストライキをした。実にあっぱれで痛快だ。いっそ私も名古屋ドーム前に行って、ひとりででも半日「落合監督解任大反対!」ハンストでもやったろうか!こんな理不尽なことを諦め顔で見過ごすのは変革のこの時代全く持って許せない。



■中日球団の中でどんな利権や騒動や陰謀があるのかは知らないが、この結果として今後の成績を維持できる保証は亡くなった。未だ采配をしていない高木氏に失礼な言動だとは思わない。戦力が同じであれば監督の技量によって結果が大きく違う。はっきり言ってこれは人災である。天災のように見過ごすな。

■私ははっきり言って、北海道知事によって泊原発の再稼働OKを出された時に似た、憤懣やるかたなき気分である。原発に結び付けて表現するのは宜しくないなどと澄ました顔で忠告する者がいるとしたら、一緒にハンガーストライキダイエットでもやらないかと強勢動員しようかと考える。まだ阻止できる。

■長友のいるあのイタリアのインテルでも開幕から2敗1分け、それと他の試合でも無勝だからと監督がクビになった。一昨年の世界王者のチームですらそうなのだ。「そういう世界だから」と落合監督は言った。しかし成績から言えば辞めさせられる理由はない。天才が愚鈍の発想で放逐されるのは許せない。



■もしこのまま何の異議もなく過去の体制モードに逆戻りするのであれば、私はもう野球は見ない。ストイコビッチが名古屋グランパスを、落合博満が中日ドラゴンズを、それまで万年中位で甘んじていたチームを変革した。しかし今でも昔の中位気質が顔を見せることがある。今辞めたら元のもくあみとなる。

■ドーム球場の入場数が落ちているのは経済不振と営業の努力不足のせいであり、落合監督の無口のせいではない。マスコミに対する対応と露出が少ないというのが理由であれば、それは全く持って的外れだ。このままではドラゴンズ解体の確率大だろう。終わった!と言う前に強く異議を発信する者である。

■選手たちへのショックは大きいと思う。しかしこれを逆に精神的ばねとして、逆転優勝に持っていけるのではという意図もあってのこの時期の発表だとしたら、それは落合監督の勝利至上主義とは異なり、スポーツマンシップとは関係のない身内すらも売るマキャベリズムの不快感を伴う政治的打算である。



■どのような社内の政治力学でこのような事態になったのか知る由もないけれど、歯ぎしりするほど悔しいのはそのような打算や共謀があったとしても、背後のどす黒い思惑が不快からと見限ることなく、個人的には今季の中日ドラゴンズの奮闘を祈り、有終の美を応援するしかないということなのだ。

■正直なところ、落合博満氏のセンスや性格も丸々好きだというのではない。しかしその別枠の独自性と哲学を持つ存在が、凡俗な世間の都合や低レベルの情念ですげ替えられる事と、それを変更不能な既成の事実として当然のように受け入れる大衆の在りように絶望的気分になるが、1人きりでも異議を叫ぶ。

■サッカーに比すれば、魅力的な超攻撃的志向のチームを何年もかけて構築し、現在首位にいるガンバ大阪の西野監督を、ノリが変わらないからという理由でクビにするようなものだ。どうしても腑に落ちない。しかし自分の思いこみで熱暴走からのメルトダウンを自戒し、シーズン終了後に再考しようと思う。










真夏の雨のグランパス



■名古屋グランパスは17日の首位攻防戦であるガンバ大阪戦を2−2のイーブンでしのいで首位に躍り出た。これで連勝記録は途絶えたが、連続無敗記録を16と伸ばしている。一方のベガルタ仙台は9戦連続観勝利と低迷している。仙台戦に勝てば夏以降に強い名古屋のJリーグ連覇の確率はぐっと上がるだろう。

■夕べは国立でなでしこジャパンとリーグ選抜の対決だったが、今夜は我が家から近い瑞穂競技場でJリーグ「名古屋グランパスVSベガルタ仙台」を観戦する。同行はストイコビッチが現役だった頃からファンである愚妻と、結構サッカー通でもある名大院生のイケメン甥っ子だ。さて名古屋は終日激しい雨。

■なでしこジャパンもザックジャパンも名古屋グランパスも、共通するのは華麗なパスワークと揺るがない戦術で、見ていて楽しく本当に心が躍る。なでしこのロンドンオリンピック優勝、ザックジャパンのブラジルW杯決勝進出、グランパスのJリーグ連覇と来年のACL優勝と、サッカー馬鹿の夢は膨らむ。



■他の様々な競技も、プレイヤーが美しい瞬間というものはあるけれど、サッカーの場合随所にその人間の身体の美しさが見られるのは、手ではなく重力に抗って大地に立つべき足を自在に使うために、あらゆる姿勢が時間と空間の平衡感覚が不可欠であるところにもある。そして創造性と連動性。真善より美。

■さて瑞穂陸上競技場。バックスタンド側は屋根がなく、降り続ける雨の中ポンチョ羽織って震えつつ観戦だ。内容は技術が未熟ゆえに結果としてダーティなプレイの連続となる仙台と、過密日程に加えて水の浮いたピッチゆえに動きの鈍い名古屋という、楽しいパスサッカーを期待した者にとってはハズレ試合。

■傘を差したピクシーがピッチ際まで出て叫んだり、アンフェアなジャッジに呆れてベンチに戻る姿。めったにお目にかかれないその風情が唐傘差して花道を行き来しつつ見得を切る歌舞伎役者に見えて、ちょっとだけお得感もあり。2時間近く雨中観戦したことで豪雨の森の中でも平気で過ごせる気になった。



■結果は0−1で仙台に初めて勝利を許し、グランパスは3位に後退だ。それにしても勝ち点1差の内にG大阪・柏・名古屋・横浜Mの上位4チームがひしめく大混戦。この試合に勝っていたら去年同様一気に優勝まで突き進んでいただろうから、負け惜しみではなくリーグが興行的に面白い展開になってきた。

■それにしても時に激しく降り注ぐ雨の中、選手と同じ条件で雨具も付けずに試合中ずっと大声を上げ、体を動かしながら熱烈に応援するゴール裏席のサポーター達と、比較的大人しく雨に耐えながら静かに試合を見詰めるメイン及びバックスタンド側の観客の違い。同じ阿保でも踊らない阿保系に属する私。

■負けても挨拶に来た選手たちを温かく応援する観客に対して少し意識の差を自覚した。しかしもし試合が勝っていたらハズレ試合などどくさす評価をすることなく、結果が良ければ全て良し、いい時間を過ごしたと喜んで帰路についたであろう私は、全く持ってグランパスの熱烈なサポーターではないわけだ。







 


キリンチャレンジカップ日韓戦



■1■昨日のキリンチャレンジカップの日韓戦は、少なくとも日本代表のサッカーに関しては既に新次元に入っているのだなという感慨を持った。美しいまでに圧倒的なパスサッカーを見ているうちに「男なでしこ!」と思わず叫んでしまった。(さっそく愚妻が横でパクッてツイッターで発信してウケていたが)

■2■これはスペインのFCバルセロナの世界最高のパスサッカーを踏まえて、なでしこジャパンのパスを細かく正確に繋ぎつつゲームを支配するスタイルに対して、世界のメディアが「女版バルセロナ」と評したなでしこに被せたセリフだが、そもそもはイビチャ・オシムの標榜した日本人的なサッカーだ。

■3■前世期までの日本をまるで鬼畜か親の敵のように敵意むき出しで戦うイメージの「宿敵」とマスコミは煽っている。しかし韓国選手たちは入場前の通路で日本選手に挨拶し頻繁に握手を求めたりする画像からもうかがえるように、敬意と友愛に満ちたフェアで素晴らしいチームだったのが実に心地よい。



■4■日本人特有の細かい技術と俊敏性の連動により韓国を翻弄するような素晴らしい出来の内容だった。韓国チームのKリーグ八百長事件や主力選手の怪我その他による最善ではない状態を加味しても、それだけを言い訳にできないほど素晴らしい3−0という結果である。韓国チームも頑張るのだっ!









なでしこの活躍を巡り思う草々



■1■精神と身体双方の速度が共に不可欠なのが現代的サッカーのトレンド。ハイスピードシンキングとアジリティ。高速思考と迅速性。日本人は執拗な自我の思考にあまり惑わされず、歴史的には身体の機能的動きが半ば文化的にまで高められていた。柔よく剛を制す。未来に続く日本女性の純粋な共和力と遂行力。

■2■なでしこジャパン。日本中から応援が集まり、それに対して「沢山の力を貰いました、ありがとうございます」と感謝する選手たち。そして優勝して帰国した選手たちに「最後まで諦めずに頑張る姿に力を貰いました、ありがとう」と感謝する人々。意識操作や皮肉な言質の余地がない感謝の相乗効果の麗しさ。

■3■女子W杯決勝で1点先行された時、そして延長前半に2点目を入れられた時、私も含め多くの人が「もう駄目かもしれない」と思っただろう。なでしこジャパンのおかげで現実は自分が思っている以上に不屈の精神で臨む未来に繋げ得ると分かり、自らに恥入る人も少なくなかろう。詫びるよりむしろ感謝を。



■4■今回のなでしこジャパンのキーワードの1つは「直観」。監督の采配から選手のコンマ何秒の判断まで、論理的戦略とトレーニングを尽くした後「直観を信じてプレーした」と当人らが表現している。思考や長吟味とは別の次元での共有もあり、多分これからは多くのものごとがそちらにシフトしていくのでは。

■5■論理や熟考もまだまだ必要だろうけれど、今後は瞬時の判断や思考の速度がサッカーの勝敗を決めるだけでなく、人生や世界の今後を展開する次元の方向を決定していく大きな要素になるだろう。つまり身体感覚や情緒と思考や判断能力がどれだけ迅速に接続し機能するかであり、それは鍛錬がまだ必要かと。

■6■今や世界は「さとるのもののけ」に満ちてきている。なでしこの選手たちも様々なところで勝負を決定づける様々なシーンを振り返って、「ほとんど何も考えていなかった」と証言する。「さとるのもののけ」の跋扈する今後の世界を恐れず健やかに生き抜くには、思考を超越した超光速の「直観」が必要となる。



■7■キーワードの2つ目は「原子力」から「女子力」に。女神の時代などと言われてから20年ほど経過したが、さんざん待たれている女神性とか大母性は「男」と「女」という2元的対立構造の交換の上の「女性性」である限り、未来ではなく過去への回帰に過ぎない。男女どちらにも共通する4値的な「女子力」。

■8■ものごとの全てを安易に偶然と確率の結果だとするがさつな捉え方は問題外だが、逆にあらゆる事象も神仏の成せる技として個人や集団の努力や奮闘をその下に置くような語り方も不快極まりない。科学的視座のみも宗教的視座も共に矛盾なく納めて余りある視座を共有すべく、私とあなたの界面を精査する。

■9■鮫島選手の独特な可愛い走りと共に、なでしこジャパンでずっと気になっていた事。ユニフォームの首元部分(通称「よだれかけ」)の色が男子と少し違うのでは?で調べた。ザックジャパンはサムライブルーに国旗の赤を残すという意匠で「赤」なのだが、なでしこジャパンは色違いの「濃ピンク」だった。



■10■なでしこジャパンの愛称は公募により2005年に決まった。「大和撫子」や「大和魂」とも相性が良く、はで過ぎぬなでしこの花と共に「なでしこジャパン」は実にいいネーミングだ。次点は日本サッカー協会のシンボルヤタガラスを踏まえた「ヤタガールズ」。W杯優勝後に思うと次点のままで本当に良かった。

■11■男子は監督が変わるごとに監督名を入れて「何々ジャパン」と名前が変わるけれど、女子はずっと「なでしこジャパン」なんだよね。この違いもまた良い感じ。ザッケローニも駄洒落こそ言わないが(…言ってるかもしれない)普段は物静かでにこやかだし、日本の1つの方向性として通じるところがあるなあ。

■12■「大和撫子」は日本女性の清楚な美しさをほめていう語。カラナデシコに対する名の。「ヤマトナデシコ」は植物カワラナデシコ(河原撫子)の異名。『枕草子』では、「草の花はなでしこ、唐のはさらなり やまともめでたし」とある。平安の昔から貴族に愛玩された。花言葉は「勇敢」「大胆」「純愛」。


マスコミが報じていない澤選手のメッセージ



■なでしこジャパンのキャプテン澤穂希選手が、試合後に現地メディアのインタビューに答えた感動的な記事を、日本のマスコミはなぜか報道していない。これはマスコミ側の隠蔽や情報操作なのか、それとも単にもてはやして騒ぐ方に傾くレベルの低さのせいなのか、関係者に問いただしてみたい。

■日本の政府が隠蔽体質である以前に無能で愚鈍だったように、日本のマスコミは情報操作する以前にメディアとして未熟で低レベルではあるようだが。浮かれはしゃいで、澤選手や他の選手を軽薄にいじったりしていた者たちのどれほどがこのコメントやその思いを知っていただろうか?

■原発推進派も反対派も共になでしこジャパンの戦いに感動し感謝している。決して諦めない姿勢とすこやかな笑いさえ伴って戦いに臨む姿は、特に今後の日本の、そして大仰に言えば世界の様々なモデルになるのではなかろうか。論理だけでない直観力、緊張と負荷ではなく笑いと自然体。

以下はなでしこジャパン、女子サッカー日本代表キャプテン、澤穂希選手が、試合後に現地メディアのインタビューに答えた記事と、その再日本語訳である。



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■澤選手のコメント

“We knew that what we were doing here could be about a little more than just a football tournament. If winning this makes one person, someone who lost something or someone or was hurt or damaged by the events that touched our country, feel better for even one moment, then we have really achieved a most special thing. If it makes everyone happy and joyful and gives them a reason to cheer after such difficult times, then we have been successful. Japan has been hurt and so many lives have been affected. We can not change that but Japan is coming back and this was our chance to represent our nation and show that we never stop working. This is like a dream to us and we hope our country shares it with us.”

■澤選手のコメント

我々のしていることは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。
我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。
こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。
我々は、それ自体を変えることは出来ないものの、日本は今復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。
今日、我々にとってはまさに夢のようで有り、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです。

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そして私の蛇足的なコメントをもう少し。

■またファウルで倒された選手の手を倒した選手が取って立たせるというシーンが随所に見られた。ルール上では手を差し伸べて起こし上げる必要はないのだが、レベルの高い試合になるほどそのフェアなシーンは見られる。相手に敬意を持って戦うからこそ、激しく接触した直後に互いに手を差し伸べられるのだ。

■この試合に限らないが、女子サッカーは男子よりマリーシア(ファウルぎりぎりのずる賢いプレイ)が遥かに少ない。多くの試合が両チーム共にフェアに戦い、見ていても爽やかで心洗われる思いが何度もした。技術や体力では男子に女子はかなわないけれど、半歩先の未来を走ってといるのではなかろうか。

■アメリカのゴールキーパー、ソロ選手はあの後半終了間際、日本人選手と衝突して足を負傷していた。このわずかな時間を利用して、日本はコーナーキックをニアサイドに蹴る打ち合わせをしていた。リードしたゲームで残り時間が少ない時、あからさま過ぎぬよう細々と時間稼ぎをするのは許されている。

■しかし彼女は治療にゆっくり時間を割く事を拒み、時間稼ぎという戦法を選ばず正々堂々と勝負することを望んだ。表彰式が『風の谷のナウシカ』の有名なシーンに重なると言う人も少なくなかったが、個人的にはゴールキーパーのソロ選手はその美貌も含めて誇り高いクシャナともビジュアル的に重なった。

■また私は澤選手とアメリカではチームメイトでもあった、長身でがっしりした巨人のエースフォワードのワンバック選手を巨神兵に喩えたが、決して悪意や嘲笑からではない。マンガ版の『風の谷のナウシカ』では、ナウシカとずっと心を交わしていた巨神兵との最後の心の交流シーンは涙なくして読めない。

■表彰式の時、ワンバック選手は1人アメリカのチームメイトから離れて、なでしこの各選手と握手し抱擁していた。彼女の寛容さとフェアな精神も忘れない。アメリカ、スウェーデン、ドイツ、そしてイングランド、メキシコ、ニュージーランドの各チームとの戦いもなでしこの中では最高の財産に違いない。




■ソース----------------------------------------------------------------

http://sports.yahoo.com/soccer/news;_ylt=AmArrRdFEVrJjWgo3hlE1WA5nYcB?slug=ro-rogers_japan_win_pay_tribute_tsunami_071711


http://www.twitlonger.com/show/bq7e15


日本のハングリー精神は強く美しい



■なでしこジャパンの活躍をリアルタイムで見て涙を流さなかった人は少ないと思う。メンバーには東北出身者も元東電関係のチーム出身者もいた。被災地の人たちが元気づけられたといだけでなく、現在でも福島原発の中で懸命の作業をしている人たちからも勇気をもらったとの声が。日本総体の活力だ。

■なでしこジャパンにはハングリー精神があった。いまどきの日本では信じられない劣悪とも言える環境の中、ほとんどの選手がプロ契約ではないまま、自分の持ち出しで練習や試合を続けている。日本の本当に好きでなければ決してできないことだ。世界のW杯を制した事がどれだけの偉業か知ると涙が出る。

■以前、東京マラソンに自前で参加して、プロ契約選手や手厚い保護育成の管理下にいた選手たちを押さえて、日本人最高位の3位に入賞した人がいた。確か埼玉の役所勤務の人だったと記憶している。手厚い保護下の選手の不甲斐なく見えるほどの頑張りに拍手を送った時の気持ちを思い出した。



■同時に今でも続いている福島原発の現場で働く人たちの非人間的とも言える劣悪な環境を知り、しかもほとんどそれが改善されていない現実を思うと湧きあがる「なぜ?」という感覚。そしてその人たちもまた、今回のなでしこジャパンの快進撃に励起され、心からの感謝の言葉を述べている。

■どれだけ為政者や企業のトップが全体的視座から仕事をしているとしても、このような頑張りの及ぼす創造的な生命励起の効果には遠く及ばない。個々の日本人にはまだ力と素晴らしさが強く残っていする。政治や経済や芸術や学問も、現システムではもはや日本人的な機敏性が機能しなくなって久しい。

■本当にサッカーが好きで、日本の人たちの元気になればとの強い思いも込めてプレイし、結果を出した彼女たちに対して、開口一番に全体主義だとか国政に利用されているだとか、世界的陰謀操作の中で弄ばれているなどと言う者は多分皆無だと思う。深く首を垂れて感謝されてもただ明るく笑う勝者の爽やかさ。



■ハングリー精神とは表現したものの、他国との違いは、決して外部からの強制ではなく、名誉や金や権力のためでもなく、本当にサッカーが好きで、自主的に劣悪とも言える環境の中でひたむきにやり続けたこと、そして純粋に日本の人々の復興の力になればと一丸となって結果を出したということだ。

■世界中で1つの共通言語とも言えるサッカー。そしてそれを統括しているFIFAが主催のワールドカップというもので優勝するということがどれだけ凄いことかを余り知らない人に説明するのは、例えばビートルズをよく知らない人にその凄さ偉大さを説明しがたいのにも似てとても難しいのだが。

■今回の大災害と原発事故に対する各国の援助と励ましに感謝の気持ちを表した横断幕。あれを毎試合後に掲げて競技場を一周してくれたことが、どれだけ私たちの感謝の気持ちを代弁してくれたことか。あれを発想した人たちと、それを快く許可してくれたFIFA、拍手を送ってくれた観客にも感謝したい。



■ハングリー精神と表現はしたものの、その本質は「雑事や雑念を混入させずに本当に好きなことを全力でやり続ける」ということであり、その在りようは決して貧しくはない。豊かで実り多く、そして美しい。これまでの困難な周囲の状況が、これまでの生き様に見合うもの以上になるように心から祈る。

■私もサッカー、本当に大好きです。 


アジアカップ優勝の後の楽しみも

 

■本当に多くの要素や思惑が絡み合い、それが(日本にとっては) いい形の結果として創出された。サッカーのアジアカップ2011の話だ。先ず決勝の日本vsオーストラリアだが、両チームの戦い方は全く異なっていた。オーストラリアはその体の大きさとスピートにものを言わせて、ロングボールをゴール前に放り込んで力技でねじ込もうという戦術だが、日本は早いパス回しのゲーム作りから一気に得点まで持ち込む未来的な戦術だった。単純と複雑、力と技、過去と未来。

■フィジカルに優れたところを前面に出すオートスラリアのキック&ラッシュで長身のツートップに当てるの戦い方を非難するつもりはない。持てるものを使わない手はないのだから。去年優勝したJリーグで名古屋グランパスもやはりオートスラリア人の長身FWケネディをうまく使っていた。ただ、今回のオーストラリアはね細かいテクニックや戦術よりも力でねじ伏せようとする面白みのない戦い方なので、未来を志向する日本の緻密な戦術にさらに肩入れしてしまう。

■次回のアジアカップは4年後にオーストラリアで開催される。今回あっさり優勝カップを持っていくのではなく、リセットして新生してくるであろうオーストラリアチームが次回まで優勝をお預けにされたとしてモチベーションを高めて欲しいのは、決勝戦におけるほんの僅かな差で決まる勝者と敗者の圧倒的な差異を見せて沈みこんでいた彼らへの心からの希望である。



■元々はオセアニアだった新参者のオーストラリアに優勝をさらわれたくないなどという背景雑音は、弱者の遠吠えとして退けるとして、日本のパスサッカーがパワフルで高いオーストラリアをねじ伏せて勝つほどにはまだ全然熟成していなかったことは現実だが、精神力と団結力、そして目に見えない闘神か勝利の女神がいるのではと思わせるほど微細なところで勝利側に振れる最終結果たち。生涯無敗だったけれどその実、紙一重の差で勝ち切った闘いが幾つもあった、宮本武蔵を連想した。

■最後の決勝点を上げた李忠成の1つ前の国籍でもあった韓国のチームも、日本に勝るとも劣らぬ才能溢れる若手が台頭してきているので、今後一層強くなっていくに違いない。さらに開催国でもあったカタールは次の次のワールドカップ開催国でもあり、一層力をつけてくるだろう。コンフェデレーションズカップ参加資格、自壊アジアカップ予選の免除など、アジアカップで結果を出せたことは今後の日本チームにとって多大な財産をもたらしたことは喜ばしい限りだ。

■ザッケローニ監督の人心掌握や絶妙な采配、日本チーム特有のメンタルな和の精神、試合ごとに出てくるヒーローなど、さんざん記事に書かれていることに関しては改めて書き記しはするまい。しかし3年後のワールドカップに向けて熟成していく予定の日本チームは、その前に今年の7月にアルゼンチンで開催される南米選手権コパ・アメリカに招待されているのだから、まずはそこでどれだけの成果を出せるか実に楽しみである。



■招待チームの日本は予選リーグでは、シードのアルゼンチンが入っているグループAに組み込まれている。コロンビア、ボリビアが同グループだが、ぜひとも予選リーグを突破して決勝トーナメントに進みたい。ちなみにグループBはブラジル (シード)、パラグアイ、ベネズエラ、エクアドル、グループCはウルグアイ (シード)、チリ、ペルー、メキシコ (招待)の組み合わせだ。アジアの盟主として強豪ひしめく南米各国のなかで、どれだけその力を磨くことができるか楽しみである。

■その前にキリンチャレンジカップ等もあり、Jリーグもスタートするのだが、最高の結果と勢いを得て前進できる日本チームの未だ見えない伸びしろの先への期待も含めて、実に未来に対して希望のある2011年のスタートを切った。本当に心からご苦労様、おめでとうと言いたい。実にスリリングで楽しい1月を過ごせたことに対しても感謝したい。松井、香川に対しても、最小的には結果として良かったと言える未来を強く願い祈りたい。

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■戦士には休息が必要だ。しかし気の早い者として、南米選手権について思いは巡る。ワールドカップが安全なお祭り騒ぎのディズニーランドだとしたら、コパアメリカはぼうっとしてたら命の保障もないサファリパークだという喩えがある。前回のトルシエジャパンとしての参加では、それこそボコボコに負けてしまった。しかし今回はアジアカップ優勝国として警戒され、かなり研究もされての戦いとなるであろう。

■大会に華やかな色を添えるために門外漢を呼んでみたら、来る途中でどえらい戦績と勲章を得てしまった。しかも去年は同一シードのアルゼンチンが日本というアウェイの地とはいえ0−1でまさかの敗北すら喫している。ある意味南米側から見れば道場に招いたつもりが、吉岡道場に乗りこんだ宮本武蔵のような(ザックジャパンが武蔵にいまだ見える私)道場破り的で難儀なヤツラだったと思わせるような戦いを希求する。フォルツァ、ザックジャパン!


今夜はアジア杯決勝をガン見



■今夜はサッカーアジアカップ決勝。オートスラリアvs日本戦。昨夜から今朝未明にかけては3位決定戦で、韓国vsカザフスタン戦があり、かなり長時間TVをガン見した。準決勝の日本戦で疲弊し切っていた韓国、チームの勤勉で熱烈でしかも清々しい良いチームだ。

■以前はやれ因縁の宿敵だとか、血で血を争うバトルなどと煽られていたが、今回のチームは練習時から日本より笑顔が見られたし、それでも絶対最後まで諦めない姿勢は変わらないし、20歳ちょっとの才能溢れる選手が沢山いる。日本もうかうかできないだろう。

■そんな韓国チーム、カザフスタンの選手と共に爆走してもつれあい、凄いスピードでゴールラインをはみ出して、看板の板に重なり合って激突したチャ・ドゥリ選手。起き上がる時、手を差し出して微笑み、カザフの選手もほぼ同時に手を出して握手しながら立ち上がっていた。

■それを見た時、ああ、サッカーって本当にいいなあと思った。全力で戦うけれど、いつも相手をリスペクトしている。それはまた自分自身をもリスペクトしているということだし、何より応援している両チームのサポーターたち同士の関係にも現れている。

■相手を意図的にケガさせたり、人種差別その他でやる気をなくさせたりするようなチームやサポーターのチームは、結局最後まで勝ち残れない弱さと愚かさの表出なのだといつも思う。大会に勝ち残るチームにはそのようなところはほとんどない。カザフもいいチームだった。

■韓国があっさり美しいパスワークから3点をもぎ取った後、ハーフタイムできっちり修正してきて、後半は別のチームのように機能して、過労から足が止まった韓国チームに対して2点を返した。日本戦の時と立場が変わったかのように、最後の1点を死守する韓国。

■サッカーに限らないけれど、大会で準決勝、準々決勝などでの好試合は本当にどちらも勝たせてあげたいし、勝ち負けを決める最終手段としてのPK戦いは残酷ですらある。しかし戦争や政治とは全く次元の異なるスポーツとしての戦いは「美しさ」「健やかさ」がある。

■韓国チームは、以前は少し違和感を感じさせていた、背後で関係ない者らによって蠢いていた因縁の残りかすを超えて、実に健やかでそして強く美しいチームになりつつある。細かいパスワークやシステムを含めた戦略なども日本チームと似てきている。共に強くなりたいものだ。

■そして今夜は決勝。日本vsオーストラリア。韓国とは全くタイプの異なるチームだから、与し易しなのか強さと大きさに手こずるのか戦ってみなければ分からない。香川が戦線離脱したのは、実に残念だ。おそらく最後は高年齢のオーストラリアと若い日本の戦いの結果が出るのでは。

■何はともあれ、今夜はピール片手につまみをほおばりつつなどという娯楽の対象として見るのではなく、互いにリスペクトしつつ自らの全力を出し切る美しい戦いを、こちらも最大限にリスペクトして真剣に見たいと思う。試合終了後の雰囲気が最高のものであることを信じつつ。


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