HP:Project Metatron 再起動

 

新しく調整中のHP"PROJECT METATRON"に以下の2つのZONEを追補しました。

 

zone-37『Metatronic Metalogue7』#001〜#299(全)アップ。
 ⇒ http://metatron.la.coocan.jp/zone-37/zone37top.htm

 

 

zone-38『Metatronic Metalogue7』#001〜#235(全)アップ。
 ⇒ http://metatron.la.coocan.jp/zone-38/zone38toppic01.htm

 

なお"PROJECT METATRON"の新しいURLは以下の通りです。

 

 

興味のある方のみ宜しくお願いします。
 ⇒ http://metatron.la.coocan.jp/index.htm

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


元気ですというにおい付け

 

■プロバイダーの仕様変更に伴い、放逐しようとしていたHPを存続させる事にしたので、その整理や新しいページ作りのために雑用やエラーが多発暴発も相まって、この上もなく多忙至極なり。…で、ネットに書き込みする文字列を作る暇もほんとどありゃしない〜。

 

■膨大なリンクを1つ1つ書き変えていくというような、地味で物理的な仕事は誰にでもできそうな気がするけれど、もちろん実は誰にでもはできはしない。そののために、自分の時間を削られて紅葉の温泉にも行くことができない〜などと泣きごと言う暇もあらばこそ。

 

       

 

■お金のためとか名誉のためとか、明確な理由付けがないので、強制でもなく自由意志の実からでもない作業のために、世界を捲り上げんとしているのか、世界に捲り上げられているのか分からなくなりそうだけれど、捲る捲られるの二択ではなく、目くるめく転がり行く世界を自分も一緒に転がりながら書き改めるという作業。

 

■何を言っているか分からない妄言っぽいけれど、好きでやっているし、個人的にはこれ以上面白いこともないのでやってる次第だけれど、外から見ると無口のまま得体知れずなので、取りあえず元気ですと言うにおい付け的書き込みをひとくされなりともと(^^)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


10進法と14進法と…

 

■名古屋は鶴舞で「暦」に絡めて生命や周期のことを話してから2日目の朝。名古屋モーニングしながら思い返していたら、様々な新しい疑問が湧いてきた。地球における脊椎動物の上陸という、3億6500万年前に上陸があった生命潮流の中のビッグイベント。

 

■前後の魚類と両生類の中間的形態を有する生物の中の、後の指に連なりそうな筋肉と関節を持つ7本の骨のカタチと7という数字。行きつ戻りつしながら、陸上と大気中での生活において、様々なバリエーションはあるが、基本的に5本の指が主流となった。

 

■人間で言えば、指が5本、両手で10本あったから私たちは10進法を採用したという表現がある。私たちが10進法を採用したから、私たちの指は10本になったと言っても、それは論理的に優劣はないのである。

 

■さてその私たちの遥かなる先祖と思われる生物たちの上陸前後において、7本の指が5本になったということだが、それは必然だったのか、それとも可能性として7進法、そして両手で14進法的な数理まで展開し得た可能性もあつたのだろうか。パラレルワールド的世界では14進法を用いているところもあるのだろうか。

 

 

■さらに水中では浮力によって重力から体を支える必要がほとんどなかったが、大気中に出ると自らの重みで内臓などが潰れてしまいかねないので、肋骨やその他の骨が発達した。水中から大気中に上陸して3軸直交の空間認識を確率したのである。

 

■そんなこんなを考えながら、ロイホでネット開けたら、facebook上にちょうどアニマンダラレクチャー第4回が今日神戸であることの情報があった。そうだ、一人で考えるより直接あにまんだら氏に聞いた方がいいじゃん。そう思いたち、名古屋から新幹線に飛び乗って神戸に向かった。

 

■そうえいえばBOBも来ると言っていたなー。5本指と10進法、7本指と14進法、正4面体の7本の回転対称軸、1週間、倍のヌース的観察子構造辺りをずるずると思いめぐらすより、なんでヌースはψ14までなのかというような全体構造と関係があるのかないのか…などなど。

 

■ことなどがひとまとまりになりそうなので、もうこれからは早めに解決できそうなことは、自分だけでやらずに信頼のおける人に共有してもらいつつ教わるという方がいいと思ったのだな(笑)。

 

■そしてやはりアニマンダラレクチャーは面白かった。そんなこんなで、結局今は神戸に移動して、温泉施設の万葉の湯に投宿中。オチがなくでごめん(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


個展「rebirth」に行ってきた

 

名古屋はトライバルアーツにおいて3日間行われている『マシマタケシ個展「rebirth」』に行き、久しぶりにましまし氏といろいろと話をしてきた。

 

 

何やらとても贅沢な喫茶店で、ゆっくりくつろぎながら1年分以上の話を緩みながらしているような感じ。来年の名古屋はもうないかも知れないけれど、トライバルアーツは良いところ。

 

       

 

チャイも美味しかったなり。実はここで服も時々購入していたりする私。

 

       

 

このお店・トライバルアーツのお料理は自然派で、本当に優しくて美味しいです。体が一度壊れかけて戻ってきた時点で、厳選された食材を丁寧に調理してくれたものが本当に美味しいとようやく分かるようになりました(^^)。

…って、おせーよ(笑)。遅すぎなくて良かったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


薬と自我とイクチオステガ

         (※)画像は「阿蘇のメイスイ」より。

 

■1■朝風呂に入っていて考えた。薬と自我は似ているなあと。私は薬や病院が大の苦手で、二十歳前からもう自分の治療や診察で病院に行ったこともないし、薬も殆ど飲んだ記憶がない。これは決して医療機関やそれに携わる人たちを拒絶否定しているわけではないし、自分が健康者だという自慢話でもない。

 

■2■事故にあって死にかけたりしたら外科手術も必要だろうし、失神時に自分の意識が回復するまで処方を待ってくれなどという自意識礼賛者でもない。話のキモは薬と自我が似ているというところ。自我を否定する類の古い宗教は朽ちるにまかせて、自我にはその分を守ればそれなりの役目があるのが真実。

 

■3■医者や医療機関にもピンからキリまであるように、薬にもまさに良薬から劇薬まで果てしない。自然治癒力のサポートをするものもあれば、強引に症状を打ち消させるものもある。症状は治癒の過程の現れだから、その見た目を消すだけなのは、自我の我見を通すためには嘘も詭弁もありなのに似ている。

 

■4■自然治癒力を削いだり薬に過依存しないよう注意しながら用いる薬は実に効果的だ。全体の流れや場の雰囲気を捉えながら、個と全体の調和のために自然に自らの為せることを、権利や義務などの概念から外れて為すときの自我意識は、自然で調和がとれている。しかしまあ普通は他者の自我はいらない。

 

■5■なるほど、薬は他者の自我のようにも思えて、安易に摂取することに抵抗があるのかもしれない。自我を持つ者同士で適切な距離感を楽しむのも良いけれど、日本人的にはさほど自我他我の区別なきまま和を持ってものを成すもありだな。そこでは自然と薬の区別もなく、自我も他我も程良くそこにある。

 

■6■ここまで考えたら湯船の中でのぼせていた。別に薬と自我が似ていると感じたからといって、必要以上に相似点を探して同型対応する必要もないということか。イクチオステガの足の7本の指と、上陸後の生物の手足の5本の指。地球と金星の軌道比、√2:1。364日と260日。…うーん、とりあえず湯舟から上陸しよっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


鶴舞公園に行く勇気(笑)

 

■来月の9月23日、秋分の日の翌日に、名古屋市公会堂で「暦」を中心に色々な話をさせてもらうのだが、その会場のある鶴舞公園の最新情報をば。面積23.7ヘクタールといってもピンと来ないかも知れないが、かなり大きな公園だ。

 

■ここ最近では園内の噴水が真上から見るとポケモンゴーのモンスターボールに似ているのもあり、ネット上では「聖地」と呼ばれ、今でも日が暮れる500人以上の人たちがスマホを見ながらうろうろしている。痴漢も補導も多発。

 

 

■この公園は日本桜百選にも入っている桜の名所で、春には人が集まって大混雑するんだけれど、1か月前の7月28日は5000人を超える人でごった返し、花見客を上回った(昭和署調べ)。ここは笑うか呆れるかしていいとこです(^^)。

 

■実は私の住んでいる名古屋市昭和区にあり、そのうち少し下火になったら散歩がてら見に行こうかと思っているけれど、全然下火にならない。来月までこのある種のバカ騒ぎが続いていたら、名古屋市公会堂来訪者は体験できる。

 

 

■地下鉄鶴舞駅を出るとすぐに公園があるので、交通の便は良い。思い出したが、私が前世紀末の1994年頃初めて名古屋に来たのは、この名古屋市公会堂で、当時は超マイナーだった「ドリームスペル」について話をするためにだった。

 

■当時はまだあのJR駅のツインタワーも、その周辺の高層ビルもなく、なんという何もないところだと思ったものだ。名古屋市は総じてほぼ真っ平だ。ちなみに鶴舞は「つるまい」「つるま」「つるみゃー」と3種類の読み方がある。

 

      (※)なお名古屋市公会堂は4枚目の画像の中央奥の煉瓦の建物。

 

■何はともあれ、画像のようにポケモンゴーのゲーム画像でしかここを見ることができないのであれば、確実に拡張現実ではなく上書き幻想だな。その妄想を残留思念で残さないでほしい。あ、ちょっと心重くなってきた。頑張れおれ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


イレギュラーな雑感たち

 

■もうすぐIS創始者のヒラリー・クリントンは逮捕されるか、それ以前に永き脳の持病の果てに倒れて入院するのだろう。トランプは日米のマスコミがこぞって必死にネガティブに表現しているけれど、現今まで世界を好きなように操作・搾取している者たちが驚愕するほど頭が良いし実力もあるのだろうな。

 

■11/8の米国大統領選までに、米国が大きく変わる可能性が大きいけれど、沖縄や各地で悪逆の限りを尽くしつつ安穏としている現今の日本の政治経済の老害軍団は揃って討ち死にする日が来るに違いない。各自その時とその後のため、同じ老害枕に頭を並べぬよう今から自分の智慧と健康を磨き上げたい。

 

■グルジェフの『ベルゼバブの孫への話』を読んでいて湧いて来るのは、内容は結構どうでもよくて、本当にベルゼバブの孫は地球と人間がすきなんだなあという感慨だ。人間に関する説明や有象無象の知識なぞはどうでもいいから、この孫のように、人間の外から人間をお気に入りとして眺める視座があれば。

 

■グルジェフが「月は人間のネガティブな感情を食べる」とか「眠りこけている」という類の表現をしたのは既に1世紀も前の話。今では月は地球の胎盤であり、見えない臍の緒を介して人間たちのネガティブな感情を静脈血のように吸い上げ、新たなる生命の息吹を動脈血のようにもたらしているともいえる。

 

■ベルゼバブの孫とは解釈万華鏡の中の1つとしては、各自の「もう1人の自分」とも表現できる。もう1人の未だ未自分のままのそれ。何事ももう1人の自分のために、もう1人の自分と共に。究極の自己他者問題は世界の果てではなく自らの中心のその奥との繋がりでもある。「神を求めよ、神を生きよ。」

 

■「もう1人の自分」と、もう1人の自分から見たもう1人の自分であるところの、自覚意識のある「私」とが、いかに重なりかみあって生きることができるかが、現今の世界の中の新しい(そしてとてもとても古い)課題として浮上してきている。その中に自分にとっての全ての他者や世界がみな入っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3大台風怪獣大決戦?

 

■台風9号、10号、11号の相互干渉と独自の動きを見ていると、「3大怪獣大決戦かいっ?」とツッコミを入れたくなる。北海道に上陸した11号、千葉に上陸した9号、そして東から西に逆行しつつ停滞する10号。相互影響しているから、各自バラでローカルな被害や予報や解説したりしていては追いつかない。

 

■台風9号の進路を解説する時、どこのニュース局も上陸した後関東から仙台方面に向かうというルートを説明するけれど、普通に考えれば茨城から福島に入り、フクイチを直撃する形で進行中だとわかるのに、一切コメントはない。津波や地震だけでなく、大型台風の大雨や防風も想定外では済まされぬのだ。

 

■様々に解読できる傑作映画『シン・ゴジラ』公開の年に、映画の内容にタメを張るが如き「台風一家」の独自かつ連動した動き。10号に至っては今後の予測が建てられないまま、ほぼ南海に漂うように停滞している。台風が立ちどまるのは反則だろう。南西諸島は予測不能の怪獣の動きから目が離せまい。

 

■天気予報図や台風情報は、見えないものを見えるようにしたものの1つだ。低気圧や高気圧やジェット気流や海上の波浪状態は、素人にはほとんど何も見えないままだ。台風に限らず、大自然の様々な在りように対しては、敵対するのではなく、敬愛しつつその懐で共に生きるために様々に英知を働かせねば。

 

■ちょうど今日は10進法のディープなところから、暦の364と365と366の関係、それから360±5で月の13次転・公転周期の355日と地球の1年の365日、さらに360±6で月の12朔望周期の354日と地球の1年の自転数の366回について、9と10と11の関連性を絞り出していたとこでの台風9号、10号、11号かい。

 

■台風の名前はアジア名は全部で140個あり、最後まで行くと最初に戻るループ方式。名称の順番は2012年台風第10号より現在は3周目に入っている。台風9号は101「ミンドゥル」、10号は102「ライオンロック」、11号は103「コンパス」で、それぞれ北朝鮮、香港、日本が命名した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


シン・ゴジラは怪獣でなく巨大不明生物

 

 

■1■超オタク、引きこもり、アスペルガー、自閉症、サバンなども含めて、人並み外れた才能や着想はあるが、世間に正当に評価されていな人たちは少なくない。しかしそれでも自分が本当にやりたいことを真剣にやっている人たちがこれからは絶対に重要になってくるし、それが進化の1つのキーでもある。

 

■2■現在の文明社会の在り方やそれを支える様々なシステムが行き詰まってしまうような、地球レベルの生物学的環境の激変は必ずやってくる。社会や環境に適応して生きている現今の政治家や教育者たちの発想や才覚では、想定外の事件事象に対応できず、種の全体的な絶滅の危機に瀕してしまうだろう。

 

■3■それまで負け組として日陰で冷や飯を食いつつかろうじて生きていた、弱者、非適応者、貧者、奇矯者、歌舞伎者、規格外者の持つ想定外の着想や才能の存在が、それまでにない新しい発想や能力を携えて活路を見出し、人間も含めた様々な生物の波頭をさらに先に進めていく役割を担っていくだろう。

 

■4■様々な観方ができる映画『シン・ゴジラ』を、そういう発想を持って見ると、優秀なハグレモノたちが集まった「巨大不明生物特設災害対策本部」のメンバーの活躍は必然的であるとも言えまいか。彼らなくしてこの映画の後半部分の展開は成り立たなかった。現実はもっと斬新な者達が出現するだろう。

 

■5■『シン・ゴジラ』はそれまでの全ての「怪獣ゴジラ」を全てなかったことにしての設定だが、見る時はどうしても「怪獣ゴジラ」を意識してしまうという不満を私は別所で書いたが、この映画のシン・ゴジラは「怪獣」ではなく「巨大不明生物」だった。こだわるな私。ゴジラであってゴジラでないのだ。

 

■6■『シン・ゴジラ』公開初日の7.29だけれど、729は9×9×9であり、27×27でもある。もちろん27は3×3×3のルービックキューブのピースの数でもある。729はこの27ピースのルービックキューブが1つのピースの大きなルービックキューブの全ピース分でもある。+1すると730で365×2である。

 

■7■色々な人が様々な批評や感想を発信しているので、私は多くは語らないけれど、オタク的見地から見ればシン・ゴジラの色合いも今年のBABYMETALの衣装のように、黒系を基調に赤が入っているのが興味深い。それとエヴァンゲリオン好きは、タイトル中に「シンジ」の名が入っているのに気づくのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ピカゴーの真っ只中と背後にあるもの

         (※)画像は「ねとらぼ」より借用。

 

当家はライオンズマンションなんだけれど、知らぬ間にポケストップになっとった。多分玄関のライオン像なんだろうけれど、バーチャルを普通の生活空間にまで勝手に重ねる感性が分からない。やらなければ関係ないと思っていたが、嫌でも土足で踏み込んでくる。ピカゴー遊人には喜悦でも、私には超不快。

 

昭和区にあるでっかい鶴舞公園が、ポケゴーの聖地と言われるほど何かいろいろあるらしく、夜中でも子供や女の子までが沢山俳諧してて、ごみや騒音や、違法駐車でトンデモないことになっている。警察や公園管理関係、付近の病院や大学や一般住宅の人達は、一方的に仕事や負担を増やされる理不尽な狼藉。

 

ゲームをするなとは言わない。何がその人の救いや慰めや希望や開眼のチャンスになるか分からないし。一方的に仕掛けを作った上で、後は個人の倫理に任せると言うやり方で、人間として現実に他者に極力迷惑を掛まいと言う心遣いすらもなくさせて倫理を貶める、より周到で根本的な邪悪さを糾弾したい。

 

社会的問題になる前に、なぜ社会的問題になりかねないという討論がオープンにならなかったのかを考えると、やはり社会的問題にしてみてどれだけまともなリアクションがあるかの実験も試みているようにも思える。キモは経済をはみ出して、人間のもっと深いところの堕落を狙っているような根本的問題だ。

 

一部の者が利益を得るために、他の者たちに実害があってもかまわないという発想は、おそらく相当大きなところがそれをうまいこと社会的問題になる前に稼働できるように操作したのでしょう。もう遅すぎる点が多々あります。もう通常の世界認識ができなくなる人達が続出してしまっているということだな。

 

人類の進化方向と外れた袋小路の道筋も、私たちの現今に大きく開けてしまったということです。私が進化のキーを持つと大きく期待しているそのなかにっている超オタクや異常社会への引きこもりやアスペのラッテルを張られた子供達もごっそりやられちゃっている。より頑迷なオタクの踏ん張りを期待する。

 

半年後、1年後、数年後にどちらの方向に振り切れているのか、見続けていく必要はある。引きこもりの子たちを部屋から外に出したりとか、全てが悪いことだけではないのですが、それに便上して他人の迷惑を横目で見つつ荒稼ぎするような輩は、もうすでに目先の未来以遠がかなり制限されてしまっている。

 

現実と見ている世界を反転して先に進むべき時に、現実を見ずにバーチャルに落ち込むと、もう交差できなくなる。どんな逆境でもそこを切り抜けて進む者はいる。今ハマっている人達も、全からく真逆の反転に落ち込む前に、踏ん張って戻ってくる者も少なからずいるはず。それを信じてその先を構築しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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