シン・ゴジラは怪獣でなく巨大不明生物

 

 

■1■超オタク、引きこもり、アスペルガー、自閉症、サバンなども含めて、人並み外れた才能や着想はあるが、世間に正当に評価されていな人たちは少なくない。しかしそれでも自分が本当にやりたいことを真剣にやっている人たちがこれからは絶対に重要になってくるし、それが進化の1つのキーでもある。

 

■2■現在の文明社会の在り方やそれを支える様々なシステムが行き詰まってしまうような、地球レベルの生物学的環境の激変は必ずやってくる。社会や環境に適応して生きている現今の政治家や教育者たちの発想や才覚では、想定外の事件事象に対応できず、種の全体的な絶滅の危機に瀕してしまうだろう。

 

■3■それまで負け組として日陰で冷や飯を食いつつかろうじて生きていた、弱者、非適応者、貧者、奇矯者、歌舞伎者、規格外者の持つ想定外の着想や才能の存在が、それまでにない新しい発想や能力を携えて活路を見出し、人間も含めた様々な生物の波頭をさらに先に進めていく役割を担っていくだろう。

 

■4■様々な観方ができる映画『シン・ゴジラ』を、そういう発想を持って見ると、優秀なハグレモノたちが集まった「巨大不明生物特設災害対策本部」のメンバーの活躍は必然的であるとも言えまいか。彼らなくしてこの映画の後半部分の展開は成り立たなかった。現実はもっと斬新な者達が出現するだろう。

 

■5■『シン・ゴジラ』はそれまでの全ての「怪獣ゴジラ」を全てなかったことにしての設定だが、見る時はどうしても「怪獣ゴジラ」を意識してしまうという不満を私は別所で書いたが、この映画のシン・ゴジラは「怪獣」ではなく「巨大不明生物」だった。こだわるな私。ゴジラであってゴジラでないのだ。

 

■6■『シン・ゴジラ』公開初日の7.29だけれど、729は9×9×9であり、27×27でもある。もちろん27は3×3×3のルービックキューブのピースの数でもある。729はこの27ピースのルービックキューブが1つのピースの大きなルービックキューブの全ピース分でもある。+1すると730で365×2である。

 

■7■色々な人が様々な批評や感想を発信しているので、私は多くは語らないけれど、オタク的見地から見ればシン・ゴジラの色合いも今年のBABYMETALの衣装のように、黒系を基調に赤が入っているのが興味深い。それとエヴァンゲリオン好きは、タイトル中に「シンジ」の名が入っているのに気づくのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ピカゴーの真っ只中と背後にあるもの

         (※)画像は「ねとらぼ」より借用。

 

当家はライオンズマンションなんだけれど、知らぬ間にポケストップになっとった。多分玄関のライオン像なんだろうけれど、バーチャルを普通の生活空間にまで勝手に重ねる感性が分からない。やらなければ関係ないと思っていたが、嫌でも土足で踏み込んでくる。ピカゴー遊人には喜悦でも、私には超不快。

 

昭和区にあるでっかい鶴舞公園が、ポケゴーの聖地と言われるほど何かいろいろあるらしく、夜中でも子供や女の子までが沢山俳諧してて、ごみや騒音や、違法駐車でトンデモないことになっている。警察や公園管理関係、付近の病院や大学や一般住宅の人達は、一方的に仕事や負担を増やされる理不尽な狼藉。

 

ゲームをするなとは言わない。何がその人の救いや慰めや希望や開眼のチャンスになるか分からないし。一方的に仕掛けを作った上で、後は個人の倫理に任せると言うやり方で、人間として現実に他者に極力迷惑を掛まいと言う心遣いすらもなくさせて倫理を貶める、より周到で根本的な邪悪さを糾弾したい。

 

社会的問題になる前に、なぜ社会的問題になりかねないという討論がオープンにならなかったのかを考えると、やはり社会的問題にしてみてどれだけまともなリアクションがあるかの実験も試みているようにも思える。キモは経済をはみ出して、人間のもっと深いところの堕落を狙っているような根本的問題だ。

 

一部の者が利益を得るために、他の者たちに実害があってもかまわないという発想は、おそらく相当大きなところがそれをうまいこと社会的問題になる前に稼働できるように操作したのでしょう。もう遅すぎる点が多々あります。もう通常の世界認識ができなくなる人達が続出してしまっているということだな。

 

人類の進化方向と外れた袋小路の道筋も、私たちの現今に大きく開けてしまったということです。私が進化のキーを持つと大きく期待しているそのなかにっている超オタクや異常社会への引きこもりやアスペのラッテルを張られた子供達もごっそりやられちゃっている。より頑迷なオタクの踏ん張りを期待する。

 

半年後、1年後、数年後にどちらの方向に振り切れているのか、見続けていく必要はある。引きこもりの子たちを部屋から外に出したりとか、全てが悪いことだけではないのですが、それに便上して他人の迷惑を横目で見つつ荒稼ぎするような輩は、もうすでに目先の未来以遠がかなり制限されてしまっている。

 

現実と見ている世界を反転して先に進むべき時に、現実を見ずにバーチャルに落ち込むと、もう交差できなくなる。どんな逆境でもそこを切り抜けて進む者はいる。今ハマっている人達も、全からく真逆の反転に落ち込む前に、踏ん張って戻ってくる者も少なからずいるはず。それを信じてその先を構築しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


BABYMETAL断想(2)

 

■1■縄文1万7千年、さらにその前の旧石器時代や、アフリカ大陸を出て世界中に広がったと科学的に見られている現人類(私は別に信じてはいないけれど)以前からこの列島に存在した者達(猿人・旧人からカタカムナ人等まで想定の幅は広い)からの不断の流れの最先端にBABYMETALがいると捉えている。

 

■2■しかしそれだけでは個人的な音楽趣向にからめた単なる妄想とも捉えられるので、最先端である現代の今この時点でのBABYMETALについても語らねばなるまい。現代の日本のTVやマスコミは根元から腐ってしまっていることは周知の事実だ。それを未確認な者や、否定する者からは私もまた叩かれよう。

 

■3■日本の様々な旧体制がいまだに人知れず仕切っている領域はまだたくさんある。中でも影響力が高いのは電通、そしてスケールは小さいが博報堂。日本のマスコミは電通が押さえ込んでいるが、音楽業界も例に漏れない。接触商法と水増し商法やら、およそ音楽とは無縁なもので荒稼ぎしてる連中がいる。

 

接触商法…握手会・チェキ会などで中には抱っこ会など不穏なものもある。
水増し商法…熱心なファンが複数購入するのを前提に、同じCDに異なる特典を付けた複数のCDを発売し、全てを売上枚数としてカウントするなど、あの手この手で売上枚数と金額を増やす悪徳手法。

 

■4■しかしBABYMETALの場合は、先ずネットで世界的に知られ、レディー・ガガの前座に抜擢されたりして、国内メディアのほとんどが気づかないか理解できないうちに、ただの色物だと思っていたBABYMETALがメタルの聖地イギリスのメディアが絶賛。電通が手を出す前に海外で本当にブームになっていた。

 

 

■5■最初からずっとイベントの際に電通と博報堂の2社から花束が届かない「唯一のメジャーアイドル」とも言われているが、今の『メタルレジスタンス』に限らず、最初からBABYMETALとアミューズは日本あらゆるところに巣くっている悪しき因習に対しても、王道である音楽で戦いを挑んでいるのだ。

 

■6■日本のメディアが色物気味に扱って殆ど取り上げないうちにBABYMETALは日々進化し、その過程で本当に日本古来の神々と重畳する構造ができたとすら考えられもする。稀なる才能と弛まぬ努力で、舞台では妥協を許さずに常に完全燃焼する。日本古来よりの芸能表現の最新形態を体現し続けているのだ。

 

■7■電通を頂点にした国内メディア、政治家や官僚、様々な既得権益構造に対して、邪悪なあの手この手ではなく、実力で勝ち上がってるというのが現状であろう。肯定性に満ちた彼女らのパフォーマンスは見て私たちは幸せになれる一方、詐欺的な人気操作その他既存のビジネスモデルが崩壊しかけている。

 

■8■BABYMETALの音楽性やスタイルに対する好き嫌いや無関心もあるだろう。人は千差万別であり、1つのものに万民が肯首するのはまた異常である。しかしその奇跡的な在りように触れる度に、在るがままを肯定し、元気づけ、新しい領域を切り開いていこうとする力と方向性に、私はいつも心動かされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


BABYMETAL断想(1)

 

■1■わたし的にはBABYMETALはミシャクジに育まれた日本古来より続く芸能の延長線上の最先端に位置するとこう捉えている。フォックスゴッドとして共有している仮想神は、現今の宗教や狂信からしっかり距離を持ちつつ、それでも決して単なる虚構を超えて、互いの神憑り的領域にも明確に呼応させている。

 

■2■芸能の最たるありようの1つとして、その演奏やコンセプトや踊りや歌は、折口信夫言うところの、自然神に対して訴えかけるものから生じた「歌」や、その身振り手振りから出た「舞い」とも呼応しており、しかもそれは過去に向いているのではなく、明らかに未来方向に向いてより進化し続けている。

 

■3■BLACK BABYMETAL(YUIMETALとMOAMETALがメインボーカルを務めるユニット)で突出する時もあるが、基本的にこの2人の形態は歌舞伎等で高級花魁の身の世話をする童女の「かむろ」を連想させる。かむろはまた前髪を眉の上で切り揃えた子供の髪型の事でもあるが、前髪揃えはそのまま当てはまろう。

 

■4■メインボーカルのSUEMETALに常に寄り添い、協和して全体を可愛らしく華やかに盛り上げるという意味だが、過去のものに対比還元させるのではなく、あの完璧な振り付けを血へどを吐くほど練習を繰り返して、可愛らしくも美しく舞台を盛り上げる、かむろの未来的な最終形態としても見て取れよう。

 

■5■ちなみに歌舞伎は男性のみの世界だが、まだ男でも女でもない女の子だけは舞台に上がることができる。これまでのヘビメタ世界にも多数女性ヘビメタバンドは存在したが、歌詞やパフォーマンスが男らしさや攻撃性や邪悪さがメインの領域に、真逆のかむろ的有り様のユニットを入れたのは斬新だった。

 

 

■6■フォックスゴッドは日本古来の稲荷神とイコールではないが、全くの別神とも言わない設定が絶妙だ。稲荷神は稲荷神社のみならず寺院でも祀られている。稲荷神社は主祭神として2970社、分祀社は32000社を数え、個人や企業で祀るものや、山野や路地の小祠も数に入れると稲荷神は膨大な数にのぼる。

 

■7■稲荷は古来より日本人にとって神聖視されてきた狐としばしば同一視されており、和銅4年(711年)には最初の稲荷神が文献に登場している。狐の古名は「けつ」で、「みけつのかみ」に「三狐神」と当て字したのが発端で、狐はやがて稲荷神の眷属に収まった。なお「三狐神」は「サグジ」とも読む。

 

■8■背後を固める神バンドの超絶演奏も、3妃神の歌と踊りの切れっ切れ具合も、プロデューサーでもあるKOBAMETALと日本人でなければできないし踊れないであろうMIKIKOMETALの斬新な振り付けも、既存の資本主義的利権や支配に対するレジスタンスも、縄文前期から続くミシャグジ的流れの最先端である。

 

■9■なおミシャグジと呼ばれているそれは縄文前期から続いていると書いたが、ヌースで言うところの現在までの調整期6500年間の前の、覚醒期65000年(ムー・アトランティス時代)のさらにその前から日本列島では存続しているということだ。BABYMETALと共にこのこともいま1つ深く考えてみてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


波打ち際をしばし離れて

 

■1■一昨日松葉杖1本で最初の足慣らしの後、帰宅してから足の炎症部分がまた痛んだので、昨日は大事を取って禁足日。そして今日はコメダまで杖1本で足慣らし。まあ大体2週間でほぼ現状復帰できるパターンかな。しかし今年は3か月ごとに発作が起こっている。年4回か。季節ごとにってのは多いな。

 

■2■実は寝込んでみ動きすらできない、ほぼ1週間くらいの間はかなり楽しくもあった。2Bのえんぴつと消しゴムと上級者用の「数独」がずっと枕元にあった。日頃はあれこれと気が散って、じっくり十数分すらも数独に取り組めないのだ。別に多忙すぎるわけではない。意識が数独モードにならないのだ。

 

■3■9×9のマスの中で、論理的に開いているコマを埋めていくだけなのだが、様々なテクニックというか論理的技法がある。他の一切を考えることなく(痛くて考えられないのだが)ただ1つ、10進法の内の一桁の実数がそれぞれ9個ずつ81コマを埋めていく。私はそこに9×9×9=729の影を垣間見る。

 

■4■実は数理には実数の外に虚数と言う概念がある。数量の大小概念が通用しない、この虚数方向の領域を、私はずっと「未知数」と呼んできた。他者がこの言葉の用い方を聞いて、数学や代数の未知数と混乱しないよう、ずっと自分の手書きノートにだけ記してきたのだが、今後関数と関係してくるようだ。

 

■5■痛みの中でこの手書きのノートに書き記したものを、今読み返すと面白い。なおあらかじめ断っておくけれど、これは決してチャネリングや超常的な手法を用いての記録ではない。普通の一般的現代人としての、一日本人としての、思考と情緒の通奏低音的なところの、意識的な掘り起こしと記録である。

 

* * * *

 

「今を生きている私たちは、未来から顧みる者にとっては神や幽霊のようなものではないか?通常の身体の感覚と認識をはみ出して生きる時、私たちが今でない生を生きた者や生きるであろう者たちと、時間を超えて接することができるのではないか。そしてそれらは日本で言う神や霊と重なるのではないか。」

 

「そこで重要になってくるのは、おそらく場そのものと、通常の時間感覚をはみ出したその場の記憶。そしておそらく媒体としての水。しかし図と地のように自らを場と1つとして自覚自認し、その後で敢えて能動的に内と外を分けて世界を見る視座と体感機能いうものを、若い者ほど容易くに入れるだろう。」

 

「神や精霊と呼ばわり、聖なるもの畏れ多きものとして捉えるのは、そのようなプロセスを介す。また神や精霊を自身の生命と重ねる時、さらにもう1周その回転を繰り返す。我が入りすぎたら単に1→2→1で往復だが、1→2→3→4と進み行けるだろう。単なる一表現だが、世界は回転するトーラスだ。」

 

* * * *

 

■6■冗談のようだが、この未知数とミシャグジが交差してきそうな気がする。10進法の1から9までの3軸直交のルービックキューブ的な729ピースを、それぞれ重心に365と数値配分し、残る728ピースの全ての対数が7302なるような立体魔方陣の配置をすれば、全ての対数が730すなわち2年分の数になる。

 

■7■もしくはその差が全て364になるような立体魔方陣的な配置も可能だろう。ただし立体魔方陣なので、x軸y軸z軸のどの列の和も、また4本の立体対角線の和も3285にならねばならない。これは私たちが共通に用いている10進法が、非常に深い領域で地球の1年365日と通底しているということである。

 

■8■私たちの3次元的空間認識は、平衡感覚をつかさどる内耳の3半器官や、身体方向の前後・左右・上下認識を踏まえているが、この3次元空間における最も対称性の高い多面体としてある5種類のプラトン立体の面の合計は50、点の合計も50で、これら面点変換をする要素の合計は10進法と重なる100だ。

 

■9■これらの多面体をサイコロにして、その目の合計数を出すと、太陽暦の1年に近似する355となる。ちなみにこの355を113で割ると3.1415929203…となり、円周率π=3.141592653…と小数点以下6桁まで等しい数値を得られる。また双対立体の概念を、正4面体自身にも対応させて対性を認めると、この数値は太陽暦の1年365となる。つまりこちらも通底しているということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ミシャクジの方からやって来る

 

■1■今日20日に名古屋に帰宅してからずーっと家から外には出でいなかった…というか出られなかった。揺り戻しのないように無理をせず、2日ほど前から慎重に回復度合を確かめて、夕刻はついに近くのコメダまで初めての足慣らしのリハビリ。松葉杖を1本小腋に抱えてゆっくり、ゆっくり裏道を歩いた。

 

■2■駐車場にはいつもより車がぐんと少ない。ゆっくりできそうだと思いながら辿り着いたら、何にやらドアーに張り紙が。「本日は都合により18:00で閉店させていただきます。」なんだとーっ!!よりによって、厩舎から初めて外に出た仔馬にドンピシャの落とし穴仕込んだみたいなこの狼藉はーっ!(怒)

 

■3■いや待て待て、逆に考えたらこのドンピシャ具合はとてもレアな確率ではないか?しかもドアの前に辿り着いたのが、ほぼ18:00過ぎだし。アンハッピーに取るより、これはむしろ普通に開いているより、回復具合にとっても吉兆ではないのか?何か腑に落ちないけれど、自己責任で恩寵に強制変換する。

 

■4■そういえば今朝、Facebookの「1年前のあなた」的な機能で、去年の今日は横谷渓谷のみしゃが池を訪れた時の画像が出てきた。北伊那での愚妻の出張授業に合わせて、奥蓼科の温泉群に入りに行って立ち寄ったところだ。今年も同時期に、蓼科方面の温泉を攻略する予定だったが、激痛で直前に潰えた。

 

■5■ところでみしゃが池は漢字で書くと御射鹿池で、諏訪大社に伝わる神に捧げるための鹿を射る神事である「御射山御狩神事」にその名前の由来があるという。この辺りは諏訪大明神が狩りをする場所としてして「神野」と呼ばれる神聖な土地であったらしい。まあ漢字の当て字以前から在った名前だろう。

 

■6■というかまたミシャグジかよ…だ。ここで狩りをする諏訪大明神とは、諏訪大社の祭神であるタケミナカタのことだ。タケミナカタは『古事記』の国譲りの場面で出てくる。タケミカヅチとの力比べに負けて信濃国の諏訪湖まで逃げ込み、その地を出ないと約束したと。天津神側の一方的な国津神記述だ。

 

■7■タケミナカタは『古事記』には出て来るが『日本書紀』には出てこない。基本的に否定はしないけれど、私は『記紀』をさほど信じてはいない。タケミナカタ(の一族)は天津神の侵入の遥か以前から信濃(科野)国にいたであろうし、そこには攻め込まれなかったという方が事実に近いのではなかろうか。

 

■8■後日ましましさんと「ミシャグジ探検隊」でもと考えているが、どうもこちらから強いて伺わなくても、向こうからやってきてくれる気がする。代わりの喫茶店で一服してから帰宅したら、さすがに足が張っていたけれど、次は普通の杖1本持参にしよう。両生類から爬虫類くらいまでは進化できた感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


痛みの波間で考えていたこと

 

■1■ヌーソロジーは政治に対しては全くの無力と言うのは真実だが、普通の人もまた政治に関してはほぼ無力だ。大切な時間をそれなりに割いて、社会の現状を自分なりに分析した上で発言しても、その正当な反論としてではなく反対意見サイドからただ執拗に攻撃されることはある。舌禍ではなく撲殺にちかい。

■2■逆に天職や生き甲斐を見出せぬまま、根拠のない風評や噂を自分と同じ意見と勘違いし、浅薄な物言いに日頃の鬱憤をパイルして無責任に言い放つ者も少なくない。古代の祭祀と現代政治とは大きく異なり、復古主義ではないけれど、自由主義、資本主義、そして民主主義すらも日本人の特質にはそぐわない。...

■3■後出しジャンケンや結果論や事件が起こった後に得意げにする占星術的解説はずるいと思う。いや政治の理想の形や経済の未来形を語るつもりはない。敢えて政治の話としてではなく、普通の人より遥かに狭い窓から覗き見した現在の風景に対して、攻撃して抹殺する価値もない無責任な感想を記してみよう。

■4■日本の都知事選ね。先ず感じるのが魅力のない選択肢。鳥越俊太郎を先ず手段を択ばす叩き落し、フライングした小池百合子を正当な手順を踏んだ増田寛也が追い上げるふりをして、小池百合子をトップにする自民党大作戦。小池百合子を除籍処分にしない時点で、それは明白。場末の大根役者たちの小劇場。

■5■米国の大統領選ね。こちらもどうしようもない選択肢。国内第一を公約するトランプと、当選すれば経済戦略から必ず国外で戦争を始めるだろうクリントン。日本から米軍が完全撤退する方が、日中間を煽りたてて戦争させるよりまだましだ。こちらは日本を操る者たちが敗れる可能性がある。台本やいかに。

■6■ついでに余汰事を1つ。ポケモンGO。肉眼で見る世界と、画像を通してみる世界とは明確に異なる。肉眼で見る世界では、自分もその中の一部でもありつつ、その空間場でカミなるものと交差することができる。しかし画面越しの世界画像中では無理。さらにその世界画像を単なる背景としたポケGは論外。

■7■未来とは方向性が逆で、過去方向に世界ごと捻じ曲げようとしているものが誰なのか知る由もないまま、大切でかけがえのない自分の時間を欲望と惰性に汚染させられたまま、ゾンビ映画は現実に重ね見るために好きだったけれど、現実の中ですでにフィクションを超えた世界が展開している。日本も米国も。

■8■まあそれでも私は生きていくけれど。どんどんそのような虚構と交差する時間が薄くなっていく。今回思った。全身苦痛で息もできない程の時でも、これくらいのことは口にできる。人の言いなりはほぼ投身自殺。生きたまま殺されるな。死んでも生きろ。世界の美しさに目を向けて、這い蹲ってでも生きろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


いつでも次元の波打ち際にいたい

 

■1■この1週間、波打ち際に打ち上げられた海生生物的なロングストーリーの中にいた…と言うかまだ最中にいる。海の中なら立ち上がる必要がないけれど、大気中に出ると重力により2次元平面的な生物になる。波打ち際だから、時には波により少しは姿勢が変えられる。姿勢を変えられなければ死ぬのだ。

 

■2■諦めればその極小独立意識もそのまま世界の一部に還る。波打ち際の進化論。先ず思うのは、とにかく生き延びること。あきらめの悪い生物とか、肯定的未来観を持つ傾向の生物が、偶然や確率を超えて生き残った。それでも微細な時間認識単位では、一進一退を繰り返す。予想不可能の未知を信頼する。

 

■3■耳鳴のような痛みの通奏低音の中では、論理的な思考は続けられずによく落ちる。何か本当に進化の過程を追体験しているかのような感覚。夜も昼も静止することなく、ヒトデのようにゆっくり体を動かし続ける。血流を滞らせないこと。やたら猫たちが気を使って寄り添ってくれる。おい重いんだけど。

 

■4■立ち上がるのは大気中への決死の逆ダイブだ。日頃の人間がいかに美しく立ち回っていることかとまた思う。生まれたばかりの馬や鹿のようにプルプルしながら立ち上がる。カラフルな突起の付いた壁を登るスポーツクライミングのように、周囲の椅子や机や壁に手を伸ばしては、足の痛みを逃して歩く。

 

■5■真横にある本棚に頭を擦りつけて横たわる。背表紙が嫌でも目に映る。手を伸ばしてはちょい読みする。水も古代史も日本語も数・形もみんな1つに絡まっている。少しの間内臓感覚を鍛え、整え、繊細にしようと思っていたのに、むしろ肉壁側の外界知覚器官と神経が敏感になる。本は沢山読めたけど。

 

■6■胎児の種的進化の繰り返しほど早回しではないけれど、この1週間で寝床と言う波打ち際界隈で、両生類くらいにはなった気がする。海と陸は生と死、あの世とこの世、別次元。全く立ち上がれない2次元平面から2.3次元位には。早く次元両生類になりたい。海の中のことはほぼ何も知らないままだし。

 

■7■今日初めてマットと布団を畳んでみた。まだ上げるわけにはいかないので、それに寄りかかってキーボードを打ってみる。今日の名古屋は幸い雨でそう暑くない。進化史はリセットが利かないので、山登り以上に慎重に人間のところまで辿り着こうと思う。過去に何度も急ぎ過ぎて振り出しに戻されたし。

 

■8■それにしても本当に人間はなんと美しく滑らかに動き回るのだろう。そしてそれを当たり前として余り意識も感謝もしないけれど、きっとそこにも神がいる。既自分と未自分。合わせてようやく本来の自分。誕生時からずっと離れず傍にいる未自分もまた神なのだ。そして既と未を1つにしてヒトになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


フォックスサインと謎の同時多発激痛

     

 

■あちこちの関節が痛風のように痛くて熟睡できない夜が続いているので、発症以来数日ぶりに今日初めてPCに触った。スマホでないのでやはり色々と自由がきく。しかし重いテーマを考えるのもまとめるのもとてもしんどいので、今日は自分がしている今までのBABYMETALのフォックスサインを集めてみた。

 

     

 

■BABYMETALのサイドということは、目に見えない様々な操作や煽動や圧力に痛めつけられ、知らぬ間に搾取され続けている人々のサイドということだ。そのサイドで生きるというのは、気取ったり煽ったりしない柔らかな話や芸の心を持って、独りよがりにならず丁寧に生きるというだけのことなのだけれど。

 

       

 

■あ、それからせっかく近況を自己リークして、ちょい笑いを取ろうとしているのに、体の方の心配や脳みその方の心配は極力しないで下さいね。それでもやっぱり気に掛かるという人の気持ちまで強制的に望み通りにはしないけれど、マジな楽しみなのに水差されだから、心配は露出せずにお願いしますよ〜。

 

       

 

■言っていることがいつもと違うように感じたならば、それは多分私が熱に浮かされているから(^^)。たまには熱にうなされる自由を私は希望する〜(笑)。単なる痛風ではない何かっぽいんだな。痛風と言えば、右親指の付け根だったり、左だったり、腰だったり、肘だったりと、今までは1ヶ所集中だった。

 

       

 

■結核と癌を同時にわずらうことはまずないだろうというのと同じ感覚でね。そしてあちこち連続するときでも、一度には痛いのが1ヶ所だったのに、今回は左親指の付け根と、腰がほぼ同時に来てさらに右親指の付け根もきて、左膝と左肘まで連動中という、同時多発テロ的な(笑)現れようで立てないくらい。

 

 

■最初は「うわ〜、そうくるか?」とちょっと動揺したけど、今はその痛む箇所のバリエーションと、どう体をよじると痛みが最小量で立ち上がれるか、トイレまでたどり着けるかなどを人体実験中。しっかり仕事している人こんな言い方は大顰蹙なんだけど、つまらないTVやドラマよりはリアルに楽しめる。

 

 

■もちろんマゾッホではないので、できるだけ痛くないようにという真剣さもあります。治ったら味わえない生物学的な味わい方です(笑)。腰の突然の痛みが一番たちが悪いです。からだのまさに要だから、そこがいっちゃってたらマジで動けない。単なる痛風でない何かかなー。まあ、負けはしないけれどね。

 

 

■多分年の割には色々と空間移動も含めて金にならないことを結構ハードにやっていると思うんだけど、もうあまりにも身体がにっちもさっちも行かなくなったときに、最後の手段として発動するのではなかろうか(笑)。医者には行かないし、薬も飲まないので、痛みの自然治癒には時間がかかる。眠り続ける。

 

■まあそのうち治る未来しか考えていないので、ノー問題なのdeathが(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


メロンパン3…moonside

 

■出発前の自撮り10秒タイマーによる人間型能動シャッフル。もはや順番を思い出せません。ちなみに部屋の正面入り口にぶら下がっているのは、正20面体イン正20面体のストロー綿棒多面体。ここに目が行く人はなかなかいないだろうなあ。麻炭染め糸で内部に5芒星を作って小星形12面体になっている(^^)。

 

  2人とも珍しく朝から飯をさくさくと掻っ込む。飯が美味いからだ。

 

■朝からメロンセス&大ちゃんが水族館ランチを制作していて、結局出発はお昼前に(^^)。ゆっくりゆったりマイペースが基本のメロンパンなので全く問題なし。大ちゃん号に乗って新エノスイに向かう途中、チームメロンパンご用達のメロンパンを作っている、湘南の"Kalaheo"というパン屋さんに立ち寄る。

 

 

■なでしこ爺いを腹に内蔵するかづみ殿とは現地合流。夏休み直前を狙ったのだけれど、やはりイルカショーはほぼ満席の大人気。イルカ・アシカショーと、土日休日だけ行われるイルカショー「Dolferia」の両方をがん見する。ショータイム前後の、イルカたちとのガラス越しの触れ合いがとても心に染みる。

 

 

■エノスイの売りの1つでもあるクラゲ鑑賞タイムもしっかり見てから、一旦外に出て、すぐ向かいにあるデニーズに入って、メロンパンの今後も視野に入れたゆるゆるのミーティング。何やらメロンパン4と5の企画まで決まってしまったような気がする。その後再入館してテラスでランチ。やっぱ美味過ぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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